6.好奇
アントワネットとマリーは別の土地に身を移した。アントワネットは移動した理由を聞いていなかったが、聞かなかった。彼女にとって理由など、必要ないからだ。
二人が着いた先は普通のマンションだった。そばには公園があり、子供達がたくさん来ている。活気が満ち溢れていて、好感が持てる場所だった。アントワネットはマンションのベランダから子供達を見下ろしていった。
「楽しそうね」
マリーは微笑を浮かべ、子供達を見るアントワネットを見た。彼女の視線の先は暖かな日差しが降り注ぐ公園で遊ぶ子供達だけではなく、その親達にもいっていた。マリーには一つ、悩みごとがあった。
「アントワネット。ここでも、取るの?」
「そうよ。だから、移って来たんでしょ?」
マリーの悩みは簡単に現実へとなった。彼女は大きく溜め息を吐いた。アントワネットはそんなマリーを見て、不思議そうな顔をする。マリーは溜め息一つ付くと、アントワネットをじっと見つめながら言った。
「お願いだから、今回は何もしないで。貴方のためなのよ」
アントワネットはマリーを見返して、再び言った。
「どうしてなの?」
マリーは疲れた表情になり、視線をアントワネットから子供達に移した。子供達はマリーやアントワネットの心中など知るよしもなく、無邪気に遊んでいる。マリーは子供達を見て、ゆっくりと答えた。
「ここでは、子供が一人、いなくなるだけで大事なのよ。前の時はどうにかなったけど、今度もうまくいくとは限らない。嫌な予感がするの。だから、しばらくは何もしないで」
アントワネットは何も言わず、マリーを見つめた。マリーはアントワネットの瞳から逃れるように、部屋へ入った。部屋には備え付けの家具しかなく、マリーの不安を形作るように重い空気が漂っていた。
しばらくしてアントワネットが言い出した。
「わかった。何も、しない」
マリーはホッとしてアントワネットを見た。だがアントワネットはマリーの不安が分からないようで、いつもの無表情のまま話出した。
「何もしない。だけど、明日出かけていい?この町がどんな所か、知りたいの」
マリーは少し考えて、答えた。
「いいわよ。ただし条件があるわ。私と一緒に、よ」
次の日、アントワネットはマリーと出かけた。天気は快晴で、散歩にはもってこいだった。人も少なく、二人はあちこちを見ながら歩いていた。
「マリーさん!?アントワネットさん!?」
二人はかけられた声の方向を見た。そこには前に村で会ったレイが立っていた。
「レイ…さん?」
アントワネットが声をかけてすぐに雨が振り始めた。それはまるで、これからのアントワネットを予言しているかのようだった。
「びっくりしたわね」
マリーとアントワネットは仮の自宅に戻って、一息付いていた。レイに出会った二人はその場を何とか繕い、レイと別れた。と言うよりは、『逃げてきた』が正しいかもしれない。彼女の目からは、見逃せない疑惑の色がありありと見て取れたのだから。
アントワネットは部屋の中から、ぼんやりと外を眺めていた。空は晴れているはずなのに、雨が降っている。
しばらくして猫が一匹入って来た。アントワネットに近寄って、ゴロゴロと喉を鳴らす。アントワネットはそんな猫の首を軽くかいた。猫はそれが好きなようだ。嬉しそうな表情をしている。
マリーはアントワネットを見て「しばらくは外出もしないで」、と言った。そしてアントワネットが何も言わないうちに、部屋から出て行った。
置いていかれたアントワネットは、備え付けのテレビの電源を入れた。丁度ニュースがやっているようで、綺麗なキャスターが映っている。キャスターは重々しい口調で話していた。
「ここが、廣志君がいなくなったとされる現場です。廣志君は8月28日から行方不明で、まだ発見されていません。近所の方の話によりますと、廣志君はこの建物に入っていったきり、見ていないそうです。警察は建物の調査を行っているようですが、何も手掛かりは得られていないようです」
廣志君って、僕だ。僕はそう思った。どうしてこんなニュースが流れるんだろう。僕は大好きなアントワネットと、楽しく暮らしているのに。
「そうだよね」
廣志の思いを感じとったアントワネットは、同意した。
首の所を撫でられ気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしながらも廣志は、瞳でアントワネットに対して不安を訴える。アントワネットはそんな廣志を安心させるかのように、優しく話しかけた。
「大丈夫よ。私達は、悪い事を何にもしてないんだから」
マリーはアントワネットの様子をこっそりと眺めていたが、それを止め自分の部屋へ向かった。
マリーは部屋に着くと中から鍵を掛け、ベッドにあお向けで寝転がった。
そして時折「何とかしなきゃ」「対策は…」「私は大丈夫よね。だって私は…」などと呟き始めた。
その日の夜だった。『ピンポーン』、と玄関のチャイムが鳴った。
アントワネットは出ようとしたが、マリーが止めた。アントワネットに部屋にいるよう言った後、マリーはドア越しに相手を確かめる。
「誰、ですか?」
「隣の方のお荷物です。今いられなくて、預かっていただきますか?」
来訪者は荷物を預からないと、帰りそうにもなかった。マリーは仕方がない、と思いドアを開けた。
「こんばんは」
そこにはレイが立っていた。マリーは慌ててドアを閉めようとするが、レイの持つスパナを差し込まれて閉められなかった。レイはマリーを見て、クスクスと笑いながら平然とした笑みで話しかけた。
「親切なお出迎えね。お久し振りです」
どうにか適当に答えてレイを返したマリーは、ドアの鍵とチェーンを掛け、しつこいぐらいに、それらがしっかり掛っているかを確かめ始めた。鍵が掛っている事にマリーが自信を持てた時には、緊張の糸がやっとほぐれたのか彼女はその場にへたりこんでいた。
マリーは座り込んだまま、壊れた人形のように独り言を言った。
「なんとかしないと」「私は、守ってもらえるわよね。だって私はアントワネットとは違うんだから…」「アントワネットとレイを会わしたら、身の破滅よ」
「身の破滅って、なあに?」
マリーは慌てて振り返った。そこにはアントワネットが立っていた。そばには廣志がいる。マリーは掠れた声で尋ねた。
「いつから、いたの?」
アントワネットはマリーの質問には答えず、黙り込んだ。マリーは何も言おうとしないアントワネットに苛立ちを覚えた。そして苛々した口調になり、アントワネットを問い質し始めた。
「いつからそこにいたのよ!私の独り言、聞いていたの!?前にレイと会った時、あなたは一体何をしたの!?」
怒鳴られて、アントワネットはビクッと身を震わせた。それでも彼女は答えようとしない。マリーは再び苛々してきた。
「だから…!」
マリーが言おうとした時、アントワネットはマリーの脇をすり抜けて、外に出ようとした。
今、出て行かせたら、レイと会ってしまう。マリーはそう思い、引き止めようとしたが無駄だった。
「ちょっと、出かける」
アントワネットはそう言い残し、出て行った。廣志を置いて。
出ていったアントワネットは一人、慣れない夜の住宅街を歩いていた。人気は全くなく、いかにも何か起こりそうな雰囲気を醸し出している。
そんな夜の街をアントワネットは無言で歩いていた。
「アントワネットさん!」
呼ばれてアントワネットは振り返った。そこにはレイがいた。レイは叫ぶなり、アントワネットに近寄った。
「私、あなたに聞きたい事があったの」
レイに言われ、アントワネットは軽く眉を潜めた。
「貴方達。あの場に居たのは偶然だったの?それに、どうして黙って姿を消したの?どうして私の家に戻らなかったの!?」
アントワネットは小声で「急な用事が…」、と言いかけた。だがレイは遮った。
「荷物を置いたままで!?そんなわけ、ないでしょ!一体、あなた達は何者なの!?お母さんが蘇った事と、何か関係があるの!?」
「私、知らないわ。本当に用事があったのよ」
アントワネットの表情にはあまり変化はなかったが声は、少し上擦っていた。それでも、レイは納得いかないようだ。叫びながら、アントワネットの肩を揺さぶる。
レイが大声を出しているにも関わらず、誰も出てこない。関わり合いたくないのだろうか。静寂な夜の町にレイの叫び声だけが響き渡る。
「そんなわけないでしょう!あなた達がいなくなってから、蘇りもなくなったのよ!何か関係あるんでしょう!?」
アントワネットは顔を下げたまま、無言で聞いていた。彼女は唐突に顔を上げ、一言だけ言った。
「黙って」
そしてアントワネットはレイに手を差し延べた。レイは苦しさのためか、途切れ途切れ尋ねる。
「一体、な、にを、したの?」
レイは息苦しいのか、口をパクパクさせる。レイが無言になったので、夜の住宅街に再び静寂が訪れた。仕舞いにレイは倒れた。目を見開いている。何も言おうともしない。動こうともしない。
アントワネットはそんなレイを見届けると、部屋へと戻った。
次の日。マリーは予感がまた的中した事を、新聞で知った。
「『少女の変死体を近所の人が発見』…ねぇ」
少女について詳しく書かれていなかった。写真すら、載っていなかったが、マリーはレイだと分かった。
きっと、アントワネットが殺したのだ。夜中にアントワネットが帰ってきた時、マリーは直感で分かった。マリーは昨夜の直感が当たり、不安な想いが増長していくのを感じていた。
「おはよ」
アントワネットがマリーのいるリビングに入ってきた。マリーは昨夜の出来ごとについて尋ねたかったが、止める事にした。
下手に刺激したら、こっちも殺される。自分の身も守ってもらえるとは限らないし、アントワネットと自分は一蓮托生…諦めるしかない。
「おはよう、アントワネット」
マリーが笑顔で返した時だった。
『ピンポーン』
チャイムの音が鳴った。アントワネットは玄関へと移動した。
ドアを開けたが、誰もいない。ただ、手紙が置かれていただけだった。手紙といっても、ノートの切れ端を半分に折っただけの代物だった。アントワネットはその紙を拾い上げ、開いた。そこには綺麗な楷書で、一文だけ書かれていた。
「私は、君を知っているよ」
アントワネットは辺りを見回したが、誰もいなかった。
首を左右に振るアントワネットを見ている男性がいた。彼はアントワネットが暮らすマンションの向かいのビルの屋上にいた。彼の手には、今朝の新聞が握られていた。彼は双眼鏡でアントワネットを見ながら言った。
「やはりな。体の動き、そして顔の変化が普通の人間とは異なっている。興味深い」
それっきり、男性は何も言わなかった。そして部屋に戻ったアントワネットを見送るなり、屋上から姿を消した。
彼の目的を叶えるために…




