4.土葬
アントワネットはマリーと愛犬のパピヨンと一緒にバスに乗っていた。彼女らは昔、ダムに沈んだと言われている村へと向かっていた。
アントワネットは樹々が連なる様を見ながら、マリーに尋ねた。
「本当に、こんな所に村があるの?」
マリーはバスの中で本を読んでいた。アントワネットに問われ、マリーは本から顔を上げて、外の景色を見た。
「そろそろかしら。今、向かっている村は人の数が少ないのよ。寂れていて、当たり前だわ」
「でも。どうして、そんな所に行くの?」
アントワネットは何故、廃村に行くのかを聞かされていなかった。これから寂れた村に行く、と言われただけだ。
「寂れた村の側には、廃村があるのよ。ダム建築の時、移転したらしいわね。それでも、その村の墓は残っているのよ。人形の影を集めるには、最適じゃないかしら?」
マリーはそう言い、笑った。そして視線を本に戻し、話さなくなった。アントワネットはマリーに話しかけるのを諦め、再び窓の外の景色を見始めた。
「着いたわ。急がないと日が暮れるわね」
言うなりマリーは手提げ鞄を片手に、村へと歩き始めた。アントワネットとパピヨンは、急ぎ足で歩くマリーを慌てて追いかけた。
村に着いた時には、日が暮れ始めていた。マリーがアントワネットを民宿まで案内した。
その家は民宿と言っても、ボロボロだった。今にも何か出てきそうな雰囲気を醸し出している。民宿の前にいた初老の女性はアントワネットを見るなり、にこやかに話しかけてきた。
「あらあら、いらっしゃい。可愛いわねぇ」
アントワネットは何も言葉が見つからなかったので黙っていた。代わりにマリーが初老の女性に話しかける。
「今日からお世話になります。マリーと言います。こっちはアントワネットです」
「あらあら。よろしくね。私の名前はミツエよ」
そしてアントワネットとマリーはミツエの孫である、レイを紹介された。レイは見た所アントワネットより少し年上で、彼女が言うに十七歳らしい。
「こちらへどうぞ」
レイが部屋まで案内してくれ、二人は荷物を下ろした。
「御夕食は7時からとなっています。大浴場はいつでも使って下さい」
レイは部屋を去ろうとしていたが、マリーは呼び止めた。
「ねぇ。ここの噂を聞いて来たんだけど、貴方何か知らないかしら?」
レイはマリーの言葉を聞いて溜め息を付いた。
「あんなの、作り話よ。物好きって多いのね」
アントワネットは「他に誰が来たの」、と聞こうとした。だが彼女が口を開く前に、マリーがレイに話しかけた。
「いいじゃない。教えて。何か知ってるんでしょ?」
レイはしばらく考えるかのように黙っていたが、話し始めた。
「死体が動くのよ。友達が見たって言っていた」
アントワネットはレイの話を詳しく知りたくなった。もしかしたら自分と同じかも、と思ったからだ。
「詳しく、教えて」
レイは「ちょっとだけしか知らないけど」、と前置きした。そして許可を求めず座り、話出した。
「元々、この村には伝説があってね。土葬された死体を見張りも立てずに放置しておくと、三日後に蘇るらしいの。昔は三日間、見張りをしていたみたいなんだけど。私が生まれるずっと前になくなったみたいね」
「伝説通りの事が、今起きているって事かしら?」
マリーの問掛けを肯定して、レイは話を続ける。
「そうなんです。だから今、見張りを再開したらしいです。昔の墓はやってないみたいですけど…」
レイはそこで口をつぐんだ。アントワネットは彼女が他に何か知っていると思い、尋ねた。
「なにかあるの?」
「誰にも言わないで下さいね。実は私、見たんです」
「何を?」
「蘇った死体を。しかもそれは私の母親だったんですが、おかしいんです。母は四年前に死んでいるんです。だから今更、蘇るはずもないんです」
「それはどこで?」
「それは…この裏…」
そう言ったきり、レイは「夕飯の準備をします」と言い、部屋を出た。
夕飯を終えアントワネットはパピヨンを連れ、マリーと一緒に墓に行くことにした。
『何年も経つ墓は見張りをしない』、と聞いていただけあり、廃村の墓には誰もいなかった。昨日埋められた墓を見張る人に見つからないように、アントワネットはこっそりと様子を伺った。
「大丈夫、みたい」
監視している人々から丁度死角になる、年代を経た墓石が立ち並ぶ所で立ち止まったアントワネットは、地面に手を当て、いつもの要領で影を集めてみる事にした。
「来て」
何とか集まるには集まったが、死体一つ分では微弱すぎて、人形を動かすためにはまだまだ足りないようだ。様子を見ていたマリーが言った。
「幾つかの死体の影をまとめる事、出来る?」
「分からない。だけど、やってみる」
アントワネットはそう言い、別の墓に移動した。地面に降れ、再び同じ事を繰り返した。そのかいあって徐々に、でも確実に、影はアントワネットの手の中に集まり始めた。
「あとちょっと」
集まった影を見つめながらアントワネットは呟く。
その時、気配を感じてアントワネットは振り返った。そこには肌が土色であちこちが腐っている人がいた。その死体は二人を見ているだけで、何もしようとしない。マリーは恐怖交じりの声でアントワネットに話しかけた。
「アントワネット、何とかして。今は襲う気配を見せないけど、もしかしたら…」
マリーが言った時だった。蘇った死体が彼女に襲いかかってきた。死体はマリーの首に手を掛けた。
マリーは叫び声を上げ、必死に振りほどこうとする。だがマリーが必死で抵抗したにも関わらず、彼女の体は宙に持ち上げられた。
「マリー!」
アントワネットの声とパピヨンの泣き声が響き渡る。
マリーはしばらく足をバタバタさせていたが、次第に動かなくなり、気を失った。死体はマリーを離し、アントワネットに向かって歩いて来た。
アントワネットは死体に向かって前に手を出し、影を集めようとしたが、それよりも早く、死体がアントワネットの体に触れ、しかも今回集めた影が、その死体に吸い込まれてしまった。死体は徐々に生気を取り戻し、普通の人間になった。
「ここ…は?」
突然、死体が喋り出した。死体は辺りを見回し、ふらふらと村に向かって歩いて行った。
アントワネットはマリーの様子を見たが、彼女は気を失ったままで動こうともしない。マリーの事が気掛かりではあるものの、死体がどこに行くのか興味があったアントワネットはマリーの元にパピヨンを残して死体を追う事にした。
死体はアントワネット達が泊まっている民宿に向かっているようだ。民宿からレイが出てきた。そして死体を見るなり、驚愕の表情を見せる。
「お母さん!!」
「レイ?レイなの?」
ふらふらとレイの元に歩いて行こうとした死体だったが。
「会えたのは嬉しい。けどお母さんは死んだのよ!」
レイの拒絶によって、死体は歩みを止めた。
アントワネットが追いついた時、死体が崩れ落ちて来た。レイが一歩、死体の側に近寄る。
「お母さん…二度も死なないでよ!」
「お母さん?」
アントワネットは片腕が取れた死体を見た。死体の目からは、土が零れ落ちていた。死体は途切れ途切れ、レイに話しかける。
「レイ、ごめん、ね。でも、これだけは、言いたかったの。愛、してるわ」
そして死体は崩れ、土となった。その後にはアントワネットが集めた影と、土だけが残された。
アントワネットは、影を自分に素早く引き寄せると、レイに見付からないようにその場を離れ、マリーの元に戻った。
マリーの側には、謎の人物が立っていた。アントワネットは見た事ないはずなのに、その人物を知っていると思った。マリーはまだ気を失っているようだ。
「マリー!」
アントワネットは叫んでマリーに駆け寄った。謎の人物はアントワネットとマリーを交互に見て言った。
「彼女は無事だよ。人形は焼き払われない限り、死ぬ事はない」
そして謎の人物はアントワネットに向かって話出した。
「どうやら、自分のする事を決めたようだね。前回と同じ道を辿らないよう、祈っているよ」
一方的に言い、謎の人物は去っていった。アントワネットはマリーを抱き、叫んだ。
「マリー!お願い!目を覚まして!」
「ん‥」
マリーは何度かうめいた後、目を開いた。
「マリー!」
マリーはゆっくりと目を覚ました。
「私、どうしたの?」
「気を失っていたんだよ」
アントワネットはそう言い、涙を流した。
「目を、覚まさないかと、思った。無事で、よかった。本当に…」
「私は大丈夫よ。人形だもの」
そう言い、マリーは立ち上がった。そして未だに不安な表情を見せるアントワネットに向かって、微笑んで話しかける。
「もう、大丈夫だから。心配してくれて、ありがとう」
アントワネットは何も言わず、手のひらにある影を見せた。マリーもそれを見て、何も言わずに持って来た人形を差し出した。集めた影は幾つかの人形に吸われていった。だが、人形は動く気配を見せない。アントワネットは再び不安な表情になった。
「やっぱり、死体からだと無理なのかなぁ」
アントワネットが呟いた時だった。一体の人形が動き出した。それに続くように他の人形達も動き出した。
「よかった・・・」
パピヨンも喜んでいるのか、動き出したぬいぐるみ達の周りをちょろちょろ走っている。
だが、アントワネットには喜ぶだけではいられない事情があった。彼女はマリーにレイに影を見られている可能性がある事を話した。
「そうなの。だったら早く帰った方がよさそうね。都合よく朝日が射し始めているし、帰りましょう」
アントワネット達にとって大変な夜は過ぎていった。その夜で命を吹き込んだ人形の数は、全部で六体。彼らは一人でしっかりと歩けなかったので、アントワネットとマリーが手伝って帰る事になった。




