↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合公方、魔法少女を撃つ  作者: つきよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

第一話 座ればレズ、立てばバリレズ



 今年こそは、かわいい彼女ができますように。


 私、足利時雨。二十五歳。会社員。恋愛経験、なし。


 魔法少女が壊した建物の修理費を計算し、神様が起こした災害に保険が適用されるかを調べるのが、私の仕事だ。


 そんな私が新年の神様へ願ったのは、昇進でも収入でもなかった。


「お姉ちゃん、願い事長くない?」


 隣にいた妹が、呆れた顔でこちらを見ていた。


 十七歳、高校二年生。艶のある長い髪に、薄く整えられた化粧。青春の真ん中を何の疑いもなく歩いている、花の女子高生である。


「あなたには分からないのよ。二十五歳独身の切実さが」


「去年も同じこと言ってなかった?」


「継続は力なりよ」


「神様に継続案件として処理されてるんじゃない?」


「縁起でもないこと言わないで」


 私は賽銭箱へ五百円玉を投げ、二礼、二拍手、一礼。


 作法だけは、なぜか身体へ染みついている。


 頭上では、白と朱の衣装をまとった魔法少女が、新年警備にあたっていた。


 腰から伸びた光の帯には、所属事務所とスポンサー企業の名前が並んでいる。


『参拝者の皆様へお知らせします。現在、公認魔法少女による新年特別警戒を実施しています』


 魔法少女が空中で一礼すると、参拝客が一斉にスマートフォンを向けた。


 国に所属する魔法少女もいれば、企業や芸能事務所、神社に所属する者もいる。特定の組織に属さない、いわゆる野良の魔法少女だって珍しくない。


 ちなみに、いま飛んでいる彼女は、先月の怪異討伐で商店街の建物を十二棟ほど吹き飛ばしている。


 その保険金を査定したのは私だ。


「お姉ちゃん、あの魔法少女を見すぎ」


「先月、この子の案件で三日間残業したの」


「目が恨みのそれじゃないんだけど」


「失礼ね。顔は好きよ」


「もっと駄目じゃん」


 座ればレズ、立てばバリレズ、歩く姿は百合の花。


 それが私だ。


 高校時代、持ち物検査で百合漫画を没収されて以来、友人たちからは「百合公方」と呼ばれている。


 そのあだ名は妹を経由して家族にも伝わった。父と母は腹を抱えて笑った。


 うちは、この辺りに代々住む旧家らしい。


 もっとも、その末裔である私は、恋人欲しさに神頼みをしている。


「私、友達と屋台を見てくるから」


「姉を置いていくの?」


「花の女子高生には、花の女子高生の付き合いがあるので」


「自分で言うのね、それ」


 妹は人混みの中へ消えていった。


 私は一人、混雑を避けて境内の裏手へ回った。


 そこで、立派な社殿の陰に、小さな石の祠を見つけた。


 苔むした屋根に、色あせた赤い前掛け。傍らに狐の石像があるので、末社の稲荷らしい。


 表の社殿は参拝客であふれているのに、この祠へ立ち寄る者はいない。


「ここにも、挨拶くらいしていこうかな」


 私は祠の前で手を合わせた。


 今年こそ、かわいい彼女ができますように。


「ありがとうっぴ」


「――は?」


 顔を上げると、祠の前に小さな白狐が座っていた。


 掌に乗りそうな大きさで、頭と尻尾が不自然なくらい大きい。サ○リオの新キャラクターのようだが、目だけは徹夜明けの経理担当者のように据わっている。


「なに、これ」


「失礼だっぴね」


「白狐の神使?」


「話が早くて助かるっぴ。僕の名は麻呂。関東神祇院の案主だっぴ」


「神祇院?」


「神様が管理する組織だっぴ。人間の役所とは別口だっぴよ」


「それで、その神様の役所に勤める狐が、私に何の用?」


「しぐれちゃんを勧誘しに来たっぴ」


「名前を教えた覚えはないんだけど」


「神使を甘く見ないでほしいっぴ」


「その割には忘れられた祠にいたわね」


「刺さることを言うなっぴ」


 麻呂は前脚を揃え、妙に事務的な姿勢になった。


「しぐれちゃんには、関東神祇院の検非違使になってもらいたいっぴ」


「検非違使って、平安時代の警察みたいな役職でしょ?」


「大ざっぱだけど合格だっぴ。神祇院の命令を受けて、魔法少女を調べ、追いかけ、捕まえる実働要員だっぴ」


「現代語でお願い」


「魔法少女狩りだっぴ」


「急に物騒になったわね」


「分かりやすさを優先した結果だっぴ」


「それで、どうして私なの?」


「説明してあげようっぴ」


 なぜか偉そうに、麻呂が胸を張った。


「まず、僕の姿が見えて、声も聞こえているっぴ」


「見えない人もいるの?」


「普通の人間には見えないっぴ。それに、しぐれちゃんには神威を身体へ通すための巫女適性があるっぴ」


「私は魔法少女にならないんでしょ?」


「ならないっぴ。でも、検非違使の装備にも神威を使うから、適性は必要だっぴ」


「巫女適性って、どうやって調べたの?」


「簡単に言えば、百合属性だっぴ」


「採用条件が急に雑になったわね」


「魔法少女は、神から力を授けられた現代の巫女だっぴ。昔から、男性と結婚すると神威を失う性質があるっぴよ」


「それを防ぐために、女性を好きになる女性が選ばれるようになった?」


「話が早くて助かるっぴ」


「でも、私が女性を好きだって、どうして分かったの?」


「さっきの願い事が聞こえてたっぴ」


「神様への願い事に、個人情報保護はないの?」


「神前で自分から申告した内容だっぴ」


 ひどい制度だ。


「とにかく、私はただの保険会社員よ。戦闘経験もないし、銃なんて撃ったこともない」


「だから都合がいいっぴ」


「普通は経験者を雇うところじゃない?」


「僕ら式神や妖怪は、神威に頼りすぎるっぴ。現代の人間社会へ自然に入り込んで、銃や車や通信機器を使える人間が必要なんだっぴ」


「つまり、神様にはできない汚れ仕事を、人間にさせたいと」


「身も蓋もない言い方をすれば、そうだっぴ」


「正直なのは評価するわ」


「戦闘は採用後に基礎から教えるっぴ。今は何もできなくても問題ないっぴよ」


「人を殴ったこともないんだけど」


「必要なら、殴れるようにするっぴ」


「撃つことも?」


「撃てるようにするっぴ」


 その一言だけが、妙に重く響いた。


「相手は、悪い魔法少女なの?」


「任務によるっぴ」


「任務による?」


「暴走した者、神との契約に背いた者、縄張りを荒らした者、神祇院にとって邪魔な者。理由はいろいろだっぴ」


「最後だけ、善悪と関係なくない?」


「神様にも都合があるっぴ」


「正義の味方を撃つ場合もある?」


「あるっぴ」


 麻呂は、あっさりと言った。


「魔法少女の正義と、神祇院の都合が一致するとは限らないっぴよ」


「人を殺すことも?」


「原則は生け捕りだっぴ。でも、必要なら致死的な武力行使も認められるっぴ」


「私の判断で撃っていいの?」


「現場で引き金を引くのは、しぐれちゃんだっぴ」


「撃ったあと、どうなるの?」


「上司と法務担当から、ものすごく怒られる可能性があるっぴ」


「許可されてるのか、されてないのか、どっちなのよ」


「撃たなければ死ぬ状況で、規則を確認している暇はないっぴ。正しかったかどうかは、生きて帰ってから報告書で争えばいいっぴよ」


 冗談ではないらしい。


 私は帰ろうとした。


 麻呂が、その背中へ言葉を投げる。


「捕まえた魔法少女と、同居できる場合もあるっぴよ」


 足が止まった。


「……詳しく話を聞こうか」


「現金な人間で助かるっぴ」


「洗脳とか、服従契約とかは?」


「状況によっては、あり……っぴ」


 麻呂が露骨に目をそらした。


 私は、じとりと白狐を見つめる。


「今、目をそらしたわね」


「制度は複雑だっぴ」


「まあ、洗脳や服従にも、それはそれで風情があるけど」


「あるっぴか?」


「でも、最初から惚れさせたら、口説き落とす楽しみがないものね」


「しぐれちゃん、たまに目が怖いっぴ」


「それで、同居というのは?」


「捕まえた魔法少女を監視したり、神祇院の仕事へ協力させたりするために、担当者と同じ場所へ住まわせる場合があるっぴ」


「口説くのは?」


「任務に支障が出ない範囲なら、僕は止めないっぴ」


「悪い制度じゃないわね」


 麻呂が前脚を掲げると、淡い光の中から一枚の契約書が現れた。


 表題には、達筆な毛筆でこう書かれている。


 関東神祇院 検非違使補任・雇用契約書。


「雇用なの?」


「働いたら給与が出るっぴ」


「副業扱い?」


「今の会社を辞める必要はないっぴよ」


 基本給あり。任務手当あり。訓練費、装備費、治療費は神祇院負担。採用後九十日間は見習い。単独任務は禁止。


 保険約款を読むよりは短い。


「死亡時の補償は?」


「公務災害として支給されるっぴ」


「民間人に損害を出した場合は?」


「故意または重大な過失がなければ神祇院が負担するっぴ」


「物損事故の担当部署は?」


「採用前からそこを気にする人間は初めてだっぴ」


「私の本業よ」


 人間の政府とは別系統の組織。


 正義の味方だろうと、必要なら撃つ仕事。


 そして、捕まえた魔法少女と同居できる可能性。


 怪しい要素しかない。


「基本給あり。装備費全額支給。副業可」


「そうだっぴ」


「捕まえた魔法少女とは、場合によって共同生活」


「そうだっぴ」


「……御院の理念に深く共感しました」


「どの部分に共感したっぴか?」


 私は筆を取り、最後に氏名を書く。


 足利時雨。


 その四文字を書き終えた瞬間、契約書が金色の炎に包まれた。


 熱はない。


 紙面に記された文字だけが光となり、私の右手へ吸い込まれていく。


 遠くの本殿から、低い音が響いた。


 上空を警備していた魔法少女が、何かに気づいたようにこちらを振り返る。


「契約成立だっぴ。足利時雨。ただいまをもって、関東神祇院の検非違使見習いに補任するっぴ」


 黒い粒子が私の身体を包んだ。


 現れたのは、フリルでもリボンでもない。


 黒い戦闘服、プレートキャリア、ホルスター、コンバットブーツ。肩には狐と矢を組み合わせた紋章が刻まれている。


「……かわいくない」


「何を期待してたっぴ?」


「もっと魔法少女らしい衣装を」


「あんな服に、何のタクティカルアドバンテージ(戦術的優位性)があるっぴか」


「魔法少女に、タクティカルアドバンテージを求めないで」


「しぐれちゃんは魔法少女じゃないっぴ。検非違使だっぴ」


「世間から見たら、似たようなものでしょ」


「名乗りも、決めポーズも、スポンサーへの配慮も必要ないっぴ」


 それはそれで、少し寂しい。


「最初は何をするの?」


「射撃、近接格闘、CQB(近接戦闘)。あとは神威の制御と関係法令だっぴ」


「魔法の練習は?」


「するっぴ。ただし、派手な必殺技を正面から撃ち合う必要はないっぴよ」


 麻呂は、祠から私の肩へ飛び乗った。


「相手を調べる。戦う場所を選ぶ。逃げ道を塞ぐ。撃つか、斬るか、殴るかは、そのあとで決めればいいっぴ」


「魔法少女は、名乗って堂々と戦うものじゃないの?」


「そうだっぴ」


「私がそんな戦い方をしたら、卑怯者って言われそうね」


「勝った側が報告書を書くっぴ」


 今年こそ、かわいい彼女ができますように。


 そう願ったはずだった。


 まさか神様が、


 ――まずは魔法少女を倒せ。


 という形で叶えようとしてくるとは、思ってもみなかった。


【第一話・用語解説】


●百合公方(ゆりくぼう)

 足利時雨の高校時代からのあだ名。

「公方」は、将軍や足利氏の有力者などに用いられた尊称。百合好きの足利だから「百合公方」という、歴史への敬意があるのかないのか分からない命名である。


●魔法少女

 神から力を授けられた、現代の巫女。

 国、自治体、神社、芸能事務所、企業などに所属するほか、特定の組織に属さない「野良」も存在する。

 戦闘前に名前と所属を告げ、堂々と戦うのが業界の作法。


●神威(しんい)

 神や魔法少女が扱う超常的な力の古い言い方。現代の魔法少女には、あまり通じない。


●巫女適性(みこてきせい)

 神威を身体に宿すための適性を指す古い言い方。現代では「魔法少女適性」と呼ばれる。

 魔法少女は男性と結婚すると神威を失うため、原則として女性を愛する女性が選ばれる。麻呂の言うところの「百合属性」。


●関東神祇院(かんとうじんぎいん)

 関東一円の神威に関する事件を扱う、神々の組織。

 人間の政府とは異なる系統に属しているらしいが、詳細は今のところ不明。


●案主(あんじゅ)

 麻呂の役職。

 契約書、記録、報告書などの実務を担当する。歴史上にも見られる官職名だが、本作では神祇院独自の役職として用いている。


●検非違使(けびいし)

 かつて、犯罪の取り締まりや犯人の追捕などを担った官職。

 本作では、神祇院の命令を受け、魔法少女の調査・追跡・身柄確保を行う実働要員を指す。分かりやすく言えば「魔法少女狩り」。


●CQB(近接戦闘)

 Close Quarters Battle(近接戦闘)の略。

 建物内や狭い場所など、敵との距離が近い状況で行われる戦闘。本作では主に屋内戦闘の技術・戦術を指す。魔法少女ものには、まず出てこない。


●タクティカルアドバンテージ(戦術的優位性)

 装備、地形、位置、情報などによって得られる、戦闘上の有利さ。

 要するに麻呂は、「かわいいだけで戦いの役に立たない服を着る意味が分からない」と言っている。伝説の某傭兵から影響を受けたのかは不明。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。