第一話 座ればレズ、立てばバリレズ
今年こそは、かわいい彼女ができますように。
私、足利時雨。二十五歳。会社員。恋愛経験、なし。
魔法少女が壊した建物の修理費を計算し、神様が起こした災害に保険が適用されるかを調べるのが、私の仕事だ。
そんな私が新年の神様へ願ったのは、昇進でも収入でもなかった。
「お姉ちゃん、願い事長くない?」
隣にいた妹が、呆れた顔でこちらを見ていた。
十七歳、高校二年生。艶のある長い髪に、薄く整えられた化粧。青春の真ん中を何の疑いもなく歩いている、花の女子高生である。
「あなたには分からないのよ。二十五歳独身の切実さが」
「去年も同じこと言ってなかった?」
「継続は力なりよ」
「神様に継続案件として処理されてるんじゃない?」
「縁起でもないこと言わないで」
私は賽銭箱へ五百円玉を投げ、二礼、二拍手、一礼。
作法だけは、なぜか身体へ染みついている。
頭上では、白と朱の衣装をまとった魔法少女が、新年警備にあたっていた。
腰から伸びた光の帯には、所属事務所とスポンサー企業の名前が並んでいる。
『参拝者の皆様へお知らせします。現在、公認魔法少女による新年特別警戒を実施しています』
魔法少女が空中で一礼すると、参拝客が一斉にスマートフォンを向けた。
国に所属する魔法少女もいれば、企業や芸能事務所、神社に所属する者もいる。特定の組織に属さない、いわゆる野良の魔法少女だって珍しくない。
ちなみに、いま飛んでいる彼女は、先月の怪異討伐で商店街の建物を十二棟ほど吹き飛ばしている。
その保険金を査定したのは私だ。
「お姉ちゃん、あの魔法少女を見すぎ」
「先月、この子の案件で三日間残業したの」
「目が恨みのそれじゃないんだけど」
「失礼ね。顔は好きよ」
「もっと駄目じゃん」
座ればレズ、立てばバリレズ、歩く姿は百合の花。
それが私だ。
高校時代、持ち物検査で百合漫画を没収されて以来、友人たちからは「百合公方」と呼ばれている。
そのあだ名は妹を経由して家族にも伝わった。父と母は腹を抱えて笑った。
うちは、この辺りに代々住む旧家らしい。
もっとも、その末裔である私は、恋人欲しさに神頼みをしている。
「私、友達と屋台を見てくるから」
「姉を置いていくの?」
「花の女子高生には、花の女子高生の付き合いがあるので」
「自分で言うのね、それ」
妹は人混みの中へ消えていった。
私は一人、混雑を避けて境内の裏手へ回った。
そこで、立派な社殿の陰に、小さな石の祠を見つけた。
苔むした屋根に、色あせた赤い前掛け。傍らに狐の石像があるので、末社の稲荷らしい。
表の社殿は参拝客であふれているのに、この祠へ立ち寄る者はいない。
「ここにも、挨拶くらいしていこうかな」
私は祠の前で手を合わせた。
今年こそ、かわいい彼女ができますように。
「ありがとうっぴ」
「――は?」
顔を上げると、祠の前に小さな白狐が座っていた。
掌に乗りそうな大きさで、頭と尻尾が不自然なくらい大きい。サ○リオの新キャラクターのようだが、目だけは徹夜明けの経理担当者のように据わっている。
「なに、これ」
「失礼だっぴね」
「白狐の神使?」
「話が早くて助かるっぴ。僕の名は麻呂。関東神祇院の案主だっぴ」
「神祇院?」
「神様が管理する組織だっぴ。人間の役所とは別口だっぴよ」
「それで、その神様の役所に勤める狐が、私に何の用?」
「しぐれちゃんを勧誘しに来たっぴ」
「名前を教えた覚えはないんだけど」
「神使を甘く見ないでほしいっぴ」
「その割には忘れられた祠にいたわね」
「刺さることを言うなっぴ」
麻呂は前脚を揃え、妙に事務的な姿勢になった。
「しぐれちゃんには、関東神祇院の検非違使になってもらいたいっぴ」
「検非違使って、平安時代の警察みたいな役職でしょ?」
「大ざっぱだけど合格だっぴ。神祇院の命令を受けて、魔法少女を調べ、追いかけ、捕まえる実働要員だっぴ」
「現代語でお願い」
「魔法少女狩りだっぴ」
「急に物騒になったわね」
「分かりやすさを優先した結果だっぴ」
「それで、どうして私なの?」
「説明してあげようっぴ」
なぜか偉そうに、麻呂が胸を張った。
「まず、僕の姿が見えて、声も聞こえているっぴ」
「見えない人もいるの?」
「普通の人間には見えないっぴ。それに、しぐれちゃんには神威を身体へ通すための巫女適性があるっぴ」
「私は魔法少女にならないんでしょ?」
「ならないっぴ。でも、検非違使の装備にも神威を使うから、適性は必要だっぴ」
「巫女適性って、どうやって調べたの?」
「簡単に言えば、百合属性だっぴ」
「採用条件が急に雑になったわね」
「魔法少女は、神から力を授けられた現代の巫女だっぴ。昔から、男性と結婚すると神威を失う性質があるっぴよ」
「それを防ぐために、女性を好きになる女性が選ばれるようになった?」
「話が早くて助かるっぴ」
「でも、私が女性を好きだって、どうして分かったの?」
「さっきの願い事が聞こえてたっぴ」
「神様への願い事に、個人情報保護はないの?」
「神前で自分から申告した内容だっぴ」
ひどい制度だ。
「とにかく、私はただの保険会社員よ。戦闘経験もないし、銃なんて撃ったこともない」
「だから都合がいいっぴ」
「普通は経験者を雇うところじゃない?」
「僕ら式神や妖怪は、神威に頼りすぎるっぴ。現代の人間社会へ自然に入り込んで、銃や車や通信機器を使える人間が必要なんだっぴ」
「つまり、神様にはできない汚れ仕事を、人間にさせたいと」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうだっぴ」
「正直なのは評価するわ」
「戦闘は採用後に基礎から教えるっぴ。今は何もできなくても問題ないっぴよ」
「人を殴ったこともないんだけど」
「必要なら、殴れるようにするっぴ」
「撃つことも?」
「撃てるようにするっぴ」
その一言だけが、妙に重く響いた。
「相手は、悪い魔法少女なの?」
「任務によるっぴ」
「任務による?」
「暴走した者、神との契約に背いた者、縄張りを荒らした者、神祇院にとって邪魔な者。理由はいろいろだっぴ」
「最後だけ、善悪と関係なくない?」
「神様にも都合があるっぴ」
「正義の味方を撃つ場合もある?」
「あるっぴ」
麻呂は、あっさりと言った。
「魔法少女の正義と、神祇院の都合が一致するとは限らないっぴよ」
「人を殺すことも?」
「原則は生け捕りだっぴ。でも、必要なら致死的な武力行使も認められるっぴ」
「私の判断で撃っていいの?」
「現場で引き金を引くのは、しぐれちゃんだっぴ」
「撃ったあと、どうなるの?」
「上司と法務担当から、ものすごく怒られる可能性があるっぴ」
「許可されてるのか、されてないのか、どっちなのよ」
「撃たなければ死ぬ状況で、規則を確認している暇はないっぴ。正しかったかどうかは、生きて帰ってから報告書で争えばいいっぴよ」
冗談ではないらしい。
私は帰ろうとした。
麻呂が、その背中へ言葉を投げる。
「捕まえた魔法少女と、同居できる場合もあるっぴよ」
足が止まった。
「……詳しく話を聞こうか」
「現金な人間で助かるっぴ」
「洗脳とか、服従契約とかは?」
「状況によっては、あり……っぴ」
麻呂が露骨に目をそらした。
私は、じとりと白狐を見つめる。
「今、目をそらしたわね」
「制度は複雑だっぴ」
「まあ、洗脳や服従にも、それはそれで風情があるけど」
「あるっぴか?」
「でも、最初から惚れさせたら、口説き落とす楽しみがないものね」
「しぐれちゃん、たまに目が怖いっぴ」
「それで、同居というのは?」
「捕まえた魔法少女を監視したり、神祇院の仕事へ協力させたりするために、担当者と同じ場所へ住まわせる場合があるっぴ」
「口説くのは?」
「任務に支障が出ない範囲なら、僕は止めないっぴ」
「悪い制度じゃないわね」
麻呂が前脚を掲げると、淡い光の中から一枚の契約書が現れた。
表題には、達筆な毛筆でこう書かれている。
関東神祇院 検非違使補任・雇用契約書。
「雇用なの?」
「働いたら給与が出るっぴ」
「副業扱い?」
「今の会社を辞める必要はないっぴよ」
基本給あり。任務手当あり。訓練費、装備費、治療費は神祇院負担。採用後九十日間は見習い。単独任務は禁止。
保険約款を読むよりは短い。
「死亡時の補償は?」
「公務災害として支給されるっぴ」
「民間人に損害を出した場合は?」
「故意または重大な過失がなければ神祇院が負担するっぴ」
「物損事故の担当部署は?」
「採用前からそこを気にする人間は初めてだっぴ」
「私の本業よ」
人間の政府とは別系統の組織。
正義の味方だろうと、必要なら撃つ仕事。
そして、捕まえた魔法少女と同居できる可能性。
怪しい要素しかない。
「基本給あり。装備費全額支給。副業可」
「そうだっぴ」
「捕まえた魔法少女とは、場合によって共同生活」
「そうだっぴ」
「……御院の理念に深く共感しました」
「どの部分に共感したっぴか?」
私は筆を取り、最後に氏名を書く。
足利時雨。
その四文字を書き終えた瞬間、契約書が金色の炎に包まれた。
熱はない。
紙面に記された文字だけが光となり、私の右手へ吸い込まれていく。
遠くの本殿から、低い音が響いた。
上空を警備していた魔法少女が、何かに気づいたようにこちらを振り返る。
「契約成立だっぴ。足利時雨。ただいまをもって、関東神祇院の検非違使見習いに補任するっぴ」
黒い粒子が私の身体を包んだ。
現れたのは、フリルでもリボンでもない。
黒い戦闘服、プレートキャリア、ホルスター、コンバットブーツ。肩には狐と矢を組み合わせた紋章が刻まれている。
「……かわいくない」
「何を期待してたっぴ?」
「もっと魔法少女らしい衣装を」
「あんな服に、何のタクティカルアドバンテージ(戦術的優位性)があるっぴか」
「魔法少女に、タクティカルアドバンテージを求めないで」
「しぐれちゃんは魔法少女じゃないっぴ。検非違使だっぴ」
「世間から見たら、似たようなものでしょ」
「名乗りも、決めポーズも、スポンサーへの配慮も必要ないっぴ」
それはそれで、少し寂しい。
「最初は何をするの?」
「射撃、近接格闘、CQB(近接戦闘)。あとは神威の制御と関係法令だっぴ」
「魔法の練習は?」
「するっぴ。ただし、派手な必殺技を正面から撃ち合う必要はないっぴよ」
麻呂は、祠から私の肩へ飛び乗った。
「相手を調べる。戦う場所を選ぶ。逃げ道を塞ぐ。撃つか、斬るか、殴るかは、そのあとで決めればいいっぴ」
「魔法少女は、名乗って堂々と戦うものじゃないの?」
「そうだっぴ」
「私がそんな戦い方をしたら、卑怯者って言われそうね」
「勝った側が報告書を書くっぴ」
今年こそ、かわいい彼女ができますように。
そう願ったはずだった。
まさか神様が、
――まずは魔法少女を倒せ。
という形で叶えようとしてくるとは、思ってもみなかった。
【第一話・用語解説】
●百合公方
足利時雨の高校時代からのあだ名。
「公方」は、将軍や足利氏の有力者などに用いられた尊称。百合好きの足利だから「百合公方」という、歴史への敬意があるのかないのか分からない命名である。
●魔法少女
神から力を授けられた、現代の巫女。
国、自治体、神社、芸能事務所、企業などに所属するほか、特定の組織に属さない「野良」も存在する。
戦闘前に名前と所属を告げ、堂々と戦うのが業界の作法。
●神威
神や魔法少女が扱う超常的な力の古い言い方。現代の魔法少女には、あまり通じない。
●巫女適性
神威を身体に宿すための適性を指す古い言い方。現代では「魔法少女適性」と呼ばれる。
魔法少女は男性と結婚すると神威を失うため、原則として女性を愛する女性が選ばれる。麻呂の言うところの「百合属性」。
●関東神祇院
関東一円の神威に関する事件を扱う、神々の組織。
人間の政府とは異なる系統に属しているらしいが、詳細は今のところ不明。
●案主
麻呂の役職。
契約書、記録、報告書などの実務を担当する。歴史上にも見られる官職名だが、本作では神祇院独自の役職として用いている。
●検非違使
かつて、犯罪の取り締まりや犯人の追捕などを担った官職。
本作では、神祇院の命令を受け、魔法少女の調査・追跡・身柄確保を行う実働要員を指す。分かりやすく言えば「魔法少女狩り」。
●CQB(近接戦闘)
Close Quarters Battle(近接戦闘)の略。
建物内や狭い場所など、敵との距離が近い状況で行われる戦闘。本作では主に屋内戦闘の技術・戦術を指す。魔法少女ものには、まず出てこない。
●タクティカルアドバンテージ(戦術的優位性)
装備、地形、位置、情報などによって得られる、戦闘上の有利さ。
要するに麻呂は、「かわいいだけで戦いの役に立たない服を着る意味が分からない」と言っている。伝説の某傭兵から影響を受けたのかは不明。




