魔女密室消失事件
王国を恐怖で支配していた魔女が、隣国の帝国で拘束されたとの知らせが届いた。
「間違いないの?」
「はい。間違いありません」
王妃は何度も確認する。
魔女と名乗る国際手配犯罪者。
死刑が無い帝国で数十万年ほどの禁固刑を確定されるだけの罪を積み重ねてきた魔女が、一年前にこの王国に逃げてきた。
桁外れの魔法使いの才能を持つ魔女に、王国騎士団は役に立たなかった。
魔法で王国騎士団を壊滅させ、王国を占拠する。
自分が楽しむだけの魔法研究のために王国の資産を使い、人体実験のための人間を要求していた。
「魔女が帝国で捕まっているのはおかしくないですか。この王国に出入りすることは誰にも不可能です。それは魔女も同じはずです」
魔女はこの王国の防衛システムの魔法結界を強制発動させていて、三年間は誰もこの王国から出ることも入ることもできなくなっていた。
「あの魔法結界は、王国を三十メートルの壁で囲む方式なので、空からなら出入りが可能です」
「その空からの手段がないでしょう。いまの魔法技術では空を飛べないし、空を飛べる乗り物は帝国が所有している巨大飛行船が一隻で、あんな巨大な物が王国に近づいたらわからないわけないでしょう」
「魔女はこの王国と言う密室から消えて帝国に現れたわけです」
「不思議ね」
「不思議なことです。神が我々を救ってくれたとしか思えません」
「神ですか」
王妃は、魔女の要求する人体実験の人間の提供をなんとか誤魔化し続けていたが、その誤魔化しも限界だった。
「正直に告白しますが、私は神の存在を疑いかけてました」
「私もです」
「ですが、神は本当にいたのですね」
「はい」
「神に祈りましょう」
「はい」
その五日前。
魔女は王国の外れに足を運んでいた。
魔法の効率がいい研究方法は人体実験であり、自分のような天才はそれをすることが許されるし、しなければ世界の大いなる損失だと、信じて疑わなかった。
この王国の王妃は人体実験用の人間を引き渡すことを誤魔化していたが、金は順応に渡してくるので処分はしなかった。代わりに、王国の大臣に人体実験のための人間集めをやらせた。
王国の大臣は以前より不正をしており、魔女の非道な命令でも、小金を渡せば従った。
魔女は不正をする人間が好きだった。
人間の悪辣な部分をみている気分になれて満足だった。
目の前に壁として広がる魔法結界を見て、魔女はにやっと笑う。
三十メートルほどの高さの結界が王国を囲み、物理的な通行を不可能にしている。魔女自身王国の外に出ることはできないが、追跡してくる帝国の兵も入ることができない。
人間が作った愚かな兵器。
それを見ているだけで魔女は心地よかった。
次に、王国のこの田舎の教会の塔を見て、魔女はさらなる満足感を味わう。
教会の力をひけらかしているかのように、高い高い塔。
その高さは、結界の高さよりも三倍ぐらい高い。
作るのにどれだけの資金を信者から搾り取ったのだろうか。人を救うことを掲げた教会がこんな建造物を作るのはお笑い草だ。
大臣は各地方に人体実験用の人間を集めるように指示を出していたが、この地方だけ集めた人間が消えてしまうと報告がされる。
神の奇跡で人が消えるのだと。
そんなわけがない。
魔女はこの国境地にやってきた。
この地方の神父の所業を目で見て楽しむためだ。
人が消える理由は見当がついていた。
人体実験用に指定したのは、この世界は少数の天然緑肌の女性。この世界ではその希少性からか、美女の代名詞にもなっている。好色な神父が神隠しと称して、自分の物にしているのだろう。
魔女は化粧で自分の肌を緑にして、この地方の町中を歩く。
すぐに役人に捕まり、神父の元へと連行される。
神父は、町のみなを集め、高い塔の上からみなに語りかける。
神の神秘をみなに見せよう。
大臣の報告の通りだった。
神父と一緒にいた連行された緑肌の女性は、みなの目の前から姿を消す。
その大臣の報告だけでは、奇跡が起こったかのように思えるが、ただ単に大事なことが書かれていないだけだ。
これから神父はみなを祈らせる。
みなは目を閉じ神に祈る。みなの視線が神父と哀れな生贄から外れるのだ。
その間に、緑肌の女を隠し、神の生贄になったのだと宣言すればいいのだ。
みなの祈りが始まる。
この隠れる場所が少ない塔の中のどこに隠すのだろうと考えていた魔女の首筋に、神父が不意打ちで針を刺す。
しびれ薬だと、魔女は冷静に分析する。
一時間ほど身体は動かなくなるが毒性はない。
「よく聞きなさい。このままだとあなたは魔女によって研究材料として殺されてしまいます。だから、帝国へと逃げてもらいます」
魔女の身体は、神父によって一枚の板に鎖でくくりつけられていく。
「あなたの着地先は帝国の教会です。話はついてます。帝国の兵士も待機しています」
魔女は天才ゆえに、神父の言葉を理解した。
とてつもなく高い塔。
勾配が大きく取られた三角屋根。
その屋根の下の終わりが何故か上向きに切り返されている。
この塔の屋根は、スキーのジャンプ台だ。
「安心してください。五十年前のエルフ狩りのさいに何度も使用されて、失敗はないです」
魔女は天才なのでわかってしまう。
この雑な設計のジャンプ台で失敗が無かったのはすさまじい確率の奇跡にすぎないことを。そして奇跡がこれからも起こるとは限らないことを。
むき出しの板にくくり付けられた魔女が、屋根のスタート地点にセットされる。
「神に祈りなさい」
神父の手が離され、助走路の急傾斜面を滑り降りていく。
ほぼ真下に落下していく恐怖を、魔女は味わう。
板が空を飛ぶ。
高さ三十メートルの結界の上をとび越えながら、魔女は自分の心が折れる音を聞いた。
おわり




