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第4章:第88話:断たれた絆と赤い怪物の影

第4章:第88話:断たれた絆と赤い怪物の影


広間には、焚き火の爆ぜる音と、フィリアの荒い呼吸だけが響いていた。


「……っ、ハァ……『ソウル・リバイブ』……!」


二十回、二十数回……。フィリアは回復ポイントを往復し、魂を削るような祈りを捧げ続けていた。その執念が実を結び、二つ目の棺桶の蓋がゆっくりと開く。


「……う、うう……」


這い出してきたのは、法衣を纏った痩身の男――僧侶のオルデンだった。


「よかった……。本当によかった……っ」


泥のように疲れ果てたフィリアの姿を見かねて、ミーシャが動いた。彼女は腰袋からゴールドを取り出すと、静かに見守っていた神父へと歩み寄る。


「……神父様。最後の一つ、お願いできるかしら。この子の精神力が、もう限界なの…」


神父は「承知いたしました」と穏やかに頷き、差し出されたゴールドを受け取ると、三つ目の棺桶に厳かに手をかざした。


やがて、三つ目の棺桶から女魔法使いのミレーユが蘇生した。 先に目覚めていた重戦士のガストンは、仲間の生存を目の当たりにし、大粒の涙を流しながらミーシャとフィリアの手を握りしめた。


「……ありがとう。本当に……ありがとう……っ! 俺たちだけじゃ、もうどうしようもなかったんだ……」


三人はフラフラとした足取りで回復ポイントへと向かい、光を浴びて体力を取り戻した。そして、少し遅くなった夕食のスープを囲み、ようやく人心地がついたところで、シンジとミーシャが現在の状況を説明した。



「……なるほど。あんたたちが、この砦を攻略しに来た次の冒険者なんだな」


オルデンが静かに呟き、三人は顔を見合わせた。重戦士ガストン、僧侶オルデン、女魔法使いミレーユ。

サカデウスの街でも名の通った実力者たちだった。


シンジは彼らの目を見据え、核心に触れた。


「ガストンから、赤いトロルと戦ったと聞いた。……何があったのか、詳しく教えてくれないか?」


三人の顔が、一瞬にして恐怖と悔恨に歪む。


「……本当は、もう一人いたのよ。武闘家のカイっていう、腕のいい仲間が……」


「カイは……あいつは……」


ガストンが顔を覆い、絞り出すような声で続けた。


「俺たちが善戦していた時だ。あの赤いトロルは、突然……戦いの途中で、カイを掴み上げると、そのまま……丸呑みにしやがったんだ」


「えっ……?」セシリアが息を呑む。


「棺桶になる暇もなかった。……あいつは、食われちまったんだよ。それを見た瞬間、俺たちの心は折れた。その直後の記憶はねえ。気づいた時には、俺たちは死んでたんだ……」


赤いトロルは、ただ殺すのではない。冒険者を「喰らう」ことで、世界の理さえも歪めてしまうのか。温かかったはずのスープが、一瞬で冷え切っていくような錯覚に、シンジは短剣の柄を強く握りしめた。


だが、その時… 震える声で割り込んだのは、スープの器を握りしめたミレーユだった。彼女の瞳には、ガストンとは別の、より底知れない恐怖が宿っていた。


「…私たちが死んだのは、赤いトロルのせいだけじゃないわ……。あの怪物の他にも、モンスターがいたのよ……小さくて、可愛らしい鳥系の魔物だった。でも……」


ミレーユは自分の腕を抱きしめるようにして、吐き捨てるように続けた。


「アイツ……あの小鳥が、確かに呪文を唱えていたのよ……『死の呪文』を」


「死の呪文……?」


シンジの背筋に冷たいものが走る。 ガストンたちが善戦していたにも関わらず、抗う術もなく「死んだ」理由。それは物理的な攻撃ではなく、魔法による強制的な命の刈り取りだったのだ。


「あのトロルに意識を奪われている隙に、その小鳥が死を振りまいていた……カイが食べられたのは…くっ…でも、残った私たちは、その小鳥に一瞬で命を奪われの……!」


ミレーユの告白により、砦の奥に潜む「赤いトロル」が、ただの力自慢の怪物ではないことが明らかになった。


スープの温もりが、完全に消え去ったかのような沈黙。 シンジは短剣の柄を強く握りしめ、闇の奥を見据えた。

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