第4章:第84話:小島の根城と母の伝説
第4章:第84話:小島の根城と母の伝説
数回にわたる魔物との戦闘を切り抜け、四人は橋の中央付近で足を止めた。 激しい運動で消耗した体力を回復させるため、用意していた干し肉や果実を口に運び、束の間の休息を取ることにしたのだ。
「……ねえ、セシリアさん。さっきの、あれは……その……」
フィリアが、セシリアの袖を遠慮がちに引きながら、消え入りそうな声で話し始めた。
「お母さんは……今の司祭様としての姿が本当なの。あの『夜露死苦』なんていうのは、きっと、その……当時の流行に流されてしまったというか、若気の至りというか……。ねえ、聞いてる?」
必死に母シルフィアの名誉を守ろうと弁明するフィリアに対し、セシリアは杖を握りしめたまま、視線をどこか斜め下へ固定して、早口でボソボソと答え始めた。
「……だ、大丈夫です、フィリアさん。わ、私、引いたりなんてしてませんから。ほ、本を正せば、エルフも人間も、心の奥底に眠る荒ぶる本能は抑えられないものですし……。ええ、聖典にも『若き日の過ちは、後の救済へのスパイス』と書いてあるような、ないような……。それに、あの、シンジさんの朝の、その……あんな立派な、は、バナナ……みたいな野生のエネルギーを目撃した後では、お母様の参上なんて、さ、些細な、誤差、のような、もの……ですから……っ」
「……セシリアさん、余計に傷ついたわ。あと、シンジのことは今関係ないじゃない……」
フィリアがガックリと肩を落とす。セシリアは
「あうぅ……」
と口を噤んでしまい、視線を泳がせながら、また自分の世界で妄想をブツブツと再開させてしまった。
一方、橋の欄干に身を乗り出して先を見つめていたミーシャが、隣に座るシンジに声をかけた。
「シンジ、見て。あの先よ」
彼女が指差した先、巨大な橋のちょうど中間地点に、川の流れを割るようにして鎮座する小さな島が見えた。
「この橋は、あの『小島』を中継地点にして対岸まで続いてるの。自然の岩場を利用して土台を組んであるから、あそこだけは少し広くなっているわ」
シンジは目を細めて、霧の向こうに霞むその島を凝視した。
「あそこが……赤いトロルの根城ってことか?」
「ええ。これだけ魔物が出没するのに、橋の中央付近だけ妙に静かなのが逆に怪しいわ。おそらく、あの小島を王様気分で陣取っているんでしょうね。……懸賞金首が、私たちの到着を待っているはずよ」
ミーシャの言葉に、シンジは最後の一口の食料を飲み込み、立ち上がった。 影縫いの短剣の柄が、手のひらにしっくりと馴染む。
「……よし。休憩は終わりだ。あそこに行って、橋を解放しよう」
その後も四人は、執拗に繰り返される魔物の襲撃を退けながら、ようやく目的地である小島へと近づいた。だが、視界が開けた瞬間、シンジは思わず息を呑んだ。
「……おいおい、マジかよ。これ、完全に『砦』じゃねえか」
かつては自然の岩場だったはずの場所は、巨大な流木や石材が組み上げられ、外敵を拒む強固な防壁へと作り変えられていた。 四人は橋の階段を降りて島へ上陸すると、すぐさま大きな岩の陰に身を隠した。
「はぁ、はぁ……っ、ひとまず、ここは安全そうね……」
ミーシャが肩で息をしながら、使い慣れた棍を岩に立てかける。シンジはすぐさま三人の顔を覗き込み、低く鋭い声で切り出した。
「みんな、現状を確認させてくれ。……MPの状態はどうだ?」
ミーシャが苦しげに首を振った。
「……残り少ないわ。さっきの連戦で、かまいたちを使いすぎたみたい」
「私も……あと一回、精霊を呼べるかどうかだわ。ごめんなさい、シンジ……」
フィリアも俯いて、エルフの弓を握りしめる。
「わ、私は……っ、あと三分の一、といったところでしょうか……あうぅ、少し頭がフラフラします……」
セシリアも杖を支えに、弱々しく答える。 シンジもまた、自分の内側の魔力が枯渇しかけているのを感じていた。
「俺もだ。あと一回、ウイングブロウを使えば、もう空っぽだ」
「……これじゃ、ボス戦の前に全滅しちゃうわよ」
ミーシャの焦りに、シンジは岩の隙間から砦を見据えながら、静かに、だが力強く告げた。
「よし、作戦変更だ。ここからの潜入と戦闘では、俺とミーシャ、フィリアはなるべくMPを使わずに温存する。基本は物理攻撃だ。セシリア、お前は俺たちのHPの回復をメインにな。攻撃魔法は禁止だ。いいな?」
「……! はい、わかりましたっ! 皆さんの傷は、私が必ず治します!」
セシリアが力強く頷くと、シンジは再び岩陰から砦を窺った。 入り口の様な所に数体の魔物が居る。ありゃ完全に門番だ。 ふと、かつて遊んだ潜入アクションゲームの英雄を思い出し、シンジはスネークのような気分で状況を冷静に把握していく。
「……潜入してみよう。とりあえずあの門番は俺がやってみるよ」
驚くミーシャたちに短く手で合図を送ると、シンジは忍び足で気配を殺し、岩場の影を縫うようにして魔物の背後へと回り込んでいった。 魔物たちの死角に潜り込んだシンジが、ミーシャへ合図を送る。 それを受けたミーシャが、手近な小石を指先で弾いた。
カランッ、と乾いた音が少し離れた場所で響く。 門番の一体が、音のした方へと不用心に背を向けた。その瞬間、死神のような速さでシンジが飛び出す。
「……っ!」
影縫いの短剣が、魔物の急所を音もなく貫いた。一体の魔物は、自分がなぜ殺されたのかも理解できないまま消滅していく。 隣で異変に気づき、慌てて振り向いた次の魔物。だが、その視界に映ったのは、冷たく光る短剣の切っ先だった。
「これで……おしまいだ」
首を断たれた二体目の魔物は、断末魔すら上げられず、その場で黄金の輝き――ゴールドへと変わっていった。
「よし……こっちだ」
血振るいをして三人を招くシンジの姿は、まさに一流の盗賊のそれだった。




