第4章:第72話:はじまりの場所、再び
第4章:第72話:はじまりの場所、再び
馬車は、乾いた音を立てて北へと進んでいた。 四方を木々に囲まれた緩やかな上り坂。この坂を登り切れば、首都へと続く街道が見えてくるはずだった。
「ふふ、それにしても……さっきの金色の魔物、かなりの収穫だったわね。あんなにゴールドを溜め込んでいる個体は珍しいわ」
手綱を握るミーシャが、上機嫌に収支報告を口にする。その後ろ、荷台ではシンジとフィリア、そしてセシリアが、これまでの数回の戦闘を振り返っていた。
「収穫はいいけどさ……やっぱり俺、狙われすぎじゃないか? どの魔物も真っ先に俺に向かってきやがる」
シンジは、自分の胸当てを軽く叩いた。神父がいた村で購入した、皮の鎧。 パッと見は「赤」なのだが、光の当たり具合や、よーく見た時の色合いは……なんとも言えないピンク色だった。
「それはシンジが目立つからよ。その色、魔物の目を引くには最適なんだもの。おかげで私やセシリアさんは助かってるわ」
フィリアがクスクスと笑いながら言うと、隅の方で丸まっていたセシリアが、慌てたように顔を上げた。
「あ、あの……! す、すみません……っ。わたしが、レベル8で……っ、ぜんぜんお役に立てないから……その、シンジさんにばかり負担が……」
「いいんだよセシリアさん。あんたは後方援護だけでいいって言っただろ? 無理して前に出る必要はないんだ」
シンジがフォローを入れると、セシリアは「は、はい……!」と顔を赤くして俯いた。だが、そこから彼女の悪い癖が顔を出し始める。
(……ひ、後方援護……。つまり、シンジさんの背中をずっと見守るポジション……。汗ばんだ赤い……いえ、よく見ると可愛らしいピンク色の鎧、その下で躍動する筋肉……。戦いの中で、私を守るためにボロボロになるシンジさん……。「セシリア、俺の後ろに隠れていろ!」なんて言われて、そのまま……ひえっ! じゅわっ……! その後、二人きりで傷の手当てをして……傷口を舐めて……いえ、そんな……そんな破廉恥な……でも、ああ……っ!)
「……あ、あう、あの……シンジさんの……後ろで……あんなことや……そんなことを……じゅわっと……」
「……セシリアさん? また何かブツブツ言ってるけど、大丈夫か?」
シンジが怪訝そうに覗き込むと、セシリアは「ひいぃっ!」と短い悲鳴を上げて、さらに丸メガネの奥の目を泳がせた。早口で「なんでもありません、解毒魔法の詠唱を確認していただけですっ!」と、およそ嘘だと丸わかりの言い訳を並べている。
そんな彼女の様子にシンジが苦笑していると、御者台のミーシャが声を張り上げた。
「あ! ほら、見えてきたわよ。……シンジ、あそこよ。あなたがあの日、黒い巨人に殺された場所」
ミーシャが指差した先には、木々が拓け、左右に長く伸びる立派な石畳の道――街道があった。 あの日、シンジが命を落とした、まさにその場所だ。
「…………ああ、あそこか」
シンジは感慨深げに目を細めたが、横にいたフィリアの表情が、目に見えて沈んでいった。 彼女にとってそこは、命を落としたシンジが棺桶になり、重力に逆らって宙に浮きながら、自分たちの馬車に付いてきていた……あの異様で、哀しくて、気が重くなるような光景を思い起こさせる場所だった。
賑やかな会話が止まり、馬車の車輪の音だけが、重苦しく響き始めた。




