第4章:第66話:勝利のグータッチと、現世の祈り
第4章:第66話:勝利のグータッチと、現世の祈り
「……で、その喉元に突き立てた短剣ごと、サイクロプスの拳に叩き潰されたわけ」
シンジは、差し出された『じゃがりこ』をポリポリと小気味よい音を立てて咀嚼しながら、自らの最期を語り終えた。 目の前には、タイトなスーツに身を包み、デキるオフィスレディのオーラを(見た目だけは)纏った女神が、鼻眼鏡をくいっと押し上げながら座っている。
「ふん、ふん……なるほどね。あの『黒い巨人』にねぇ……(ポリポリ)」
女神もまた、仕事用のデスクに置かれたじゃがりこを優雅につまみ、咀嚼しながら頷いている。 その目は、デスクに広げられた難解そうな書類……ではなく、実は透明なデスクの天板越しに、足元へ隠した小型モニターの『WBC中継』を追っていた。
「いい? 本来、あの世界の住人が死んだら、あの世界を管理してる別の女神のところへ行くことになってるのよ。でも、あなたは私が勝手にこっちから送り込んじゃった『転生者』でしょ? だから、また私のところへ戻ってきちゃったみたいなのよね。イレギュラー処理って面倒なんだけど……」
理知的な口調で解説を続ける女神。だが、その指先はじゃがりこの粉がついたまま、猛烈な勢いで空中キーボードを叩き始めた。 時折、「……っ」と声を漏らし、眉間に皺を寄せて画面を凝視する。そのあまりに真剣な表情に、シンジは思わず背筋を伸ばした。
(……なんだ? そんなに俺の体、マズいことになってるのか? それとも、魂が摩耗してて、もう戻れないとか……?)
シンジは生唾を飲み込み、不安げに女神の横顔を見つめた。 女神の瞳が、青く鋭い光を放つ。そして――。
「やったぁぁぁぁぁ!! 勝ち越したぁぁぁぁー!!」
女神は椅子を跳ね飛ばし、両手を天に突き上げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。 「えっ、蘇生成功!?」とシンジが驚く暇もなく、彼女は満面の笑みでシンジに向き直る。
「見た!? 今のバントからの繋ぎ! 完璧だわ! 日本最高!!」
「(……野球かよ!!)」
女神は勝利の余韻に浸りながら、テンションに任せて「あんたも喜びなさいよ!」とばかりに、グーに握った両手を突き出してきた。 あまりの勢いに、シンジも反射的に自分の拳を合わせにいく。
――ガツッ!
互いの拳が触れ合った、その瞬間だった。 シンジの意識が、強烈な力で後ろへと引き抜かれた。
「あ、……ちょっと! 何よ、もうお迎えが来たわけ!?」
女神の驚いたような声が遠ざかる。 彼女は何もしていない。ただ野球を観て、じゃがりこを食べていただけ。 シンジを引き戻したのは、彼女の神力ではなく、現世で必死に紡がれた祈りと、老神父が全魔力を振り絞った蘇生魔法の輝きだった。
「じゃあねシンジ! 続きは自力で観なさいよー!!」
そんな無責任な女神の声が、真っ白な空間に溶けて消える。 グータッチの余韻と、じゃがりこの香ばしい匂いを残したまま、シンジの魂は現世へと再突入していった。




