第4章:第61話:賞味期限と、かつての牙
第4章:第61話:賞味期限と、かつての牙
ガタゴトと揺れる馬車。フィリアはさっきから、一定の距離を保って空中を滑るように付いてくる木製の棺桶を、引きつった顔で見守り続けていた。
「……あの、ミーシャさん。本当に……本当にこれでいいんですか?」
「心配しなくても大丈夫だってば。お金もそこそこ溜まってるし、村もすぐそこなんだから」
御者台から事もなげに答えるミーシャの口調は、まるで夕食の献立でも考えているかのようだ。
「でも、シンジさんがこんな姿に……」 「私の聞いた話だと、死んでから棺桶の状態なら一週間ぐらいは持つらしいわよ。だから、そんなに悲壮な顔しなくても平気」
一週間。まるで生鮮食品の鮮度を語るような言葉に、フィリアは「ことわり」……この世界のルールという名の冷酷な現実に眩暈を覚えた。戸惑いながらも、必死に自分の常識を塗り替えようと、彼女は唇を噛みしめる。
その時、街道の先から凶悪な咆哮が響いた。 現れたのは、三体の大猪――ワイルドボアの群れだ。
「ちっ、こんな時に……。フィリアちゃん、牽制をお願い! 私は前をやるわ!」
ミーシャは馬車を止めると、腰の鞭には手をかけず、荷台に備え付けてあった護身用の堅い木の棍をひっ掴んだ。 彼女が地面に降り立った瞬間、空気が変わった。商人の顔が消え、かつて修羅場を潜り抜けてきた武闘家Lv24の鋭い眼光が戻る。
「精霊さん、お願い……あの子たちの足を止めて!」
フィリアの祈りに応え、風の精霊がボアの突進を削ぐ。その隙に、ミーシャが地を蹴った。 ただの木の棒が、彼女の手の中では必殺の得物へと変わる。
「はぁっ!!」
一歩踏み込み、ボアの脳天を棍で一突き。凄まじい衝撃波がボアの巨体を震わせる。武闘家特有の「勁」が、ただの棍に命を吹き込んでいた。 だが、二体目のボアを迎え撃とうと身を翻したその時。
「わっ……!? ちょっと、もう、邪魔ね!」
ミーシャの足が、後ろを付いてきていた棺桶の角に盛大につまずいた。たたらを踏むミーシャ。
「そ、そんなこと言ってあげないでくださいミーシャさん! シンジさんだって好きでそこにいるわけじゃ……!」 「わかってるわよ! ほら、どいて!」
ミーシャは苛立ち紛れに棺桶を足で蹴り飛ばすようにして体勢を立て直すと、襲いかかるボアの懐に滑り込み、棍を振り抜いてその首を叩き折った。
最後の一体もフィリアの精霊魔法で怯んだところを、ミーシャの強烈な回し蹴りが仕留める。 静寂が戻ると、ミーシャはすぐに武闘家の顔を解き、いつもの手慣れた様子で魔物から現れたゴールドを拾い集めた。
「ふぅ……。ほら、フィリアちゃん。行くわよ」
再び馬車を走らせること数十分。 ミーシャが前方の丘を指差した。
「ほら、見て。あれよ」
その指の先、のどかな景色の中に小さな村の家々と、古びた教会の尖塔が見え始めていた。




