第4章:第59話:黒い巨人の咆哮
第4章:第59話:黒い巨人の咆哮
「……ッ、これ、噂に聞く『黒い巨人』だわ!」
ミーシャが馬車を強引に御し、黒いサイクロプスの棍棒が届かない絶妙な距離で急停止させた。車輪が激しく土を削り、砂煙が舞う。
「ミーシャ、こいつを知ってるのか!?」 「ええ! この辺りの街道に出没する、最悪の変異種よ。まともに食らえば馬車ごと粉砕されるわ!」
黒い巨人は、岩石のように硬く盛り上がった漆黒の筋肉を震わせ、一つ目を血走らせて咆哮した。大気が震え、馬のルドルフが怯えて嘶く。
「……フィリア、行けるか!」 「は、はい……っ! 精霊さん、お願い……!」
フィリアがそっと両手を掲げると、何もない空間からキラキラと光る粒が集まり、彼女の指先を柔らかな光が包み込む。
「散って!」 ミーシャの叫びと同時にシンジは御者台から地へと跳んだ。直後、彼がいた場所を巨大な拳が穿ち、クレーターを作る。シンジはその隙に巨人の懐へと潜り込み、漆黒の肌を蹴り上げて跳躍した。
「――仕留める!」
咆哮と共に放たれた刃が、巨人の喉元を捉えた。だが、確かな手応えを感じたはずのシンジの腕に、鋼を叩いたような衝撃が跳ね返る。
「……ッ!? なんだ、この硬さは……!」
喉という急所でありながら、短剣の先は黒い筋肉の層に阻まれ、深くまで届かない。巨人は苛立ちを募らせ、丸太のような腕を横に振った。
「シンジ、離れてッ!! こいつ、筋肉そのものが防具になってるわ!」
ミーシャが座席から飛び降り、獲物である棘の鞭をしなわせた。武闘家時代の身のこなしで敵の攻撃を紙一重でかわしながら、冷静に指示を飛ばす。
「フィリア、一点に集中させて! 動きを止めるわよ!」 「はいっ! ……精霊さん、お願い! 風の力で、あの子の足を縛って!」
フィリアの祈りに応え、巨人の足元に風の鎖が絡みつく。さらにフィリアは素早く弓を手に取り、矢をつがえた。
「――そこですっ!」
放たれた矢が巨人の一つ目をかすめ、怯んだ隙を逃さずミーシャの棘の鞭が足首を打ち据えた。棘が黒い肌に食い込み、わずかに動きを鈍らせる。
「シンジ! もう一度よ! 傷口は私が広げてあげるわ!」
ミーシャが鞭を引き絞り、巨人の腕を強引に固定した。その一瞬の隙に、シンジは再び巨人の胸を駆け上がる。先ほど弾かれた喉元の傷口へ、全体重を預けて短剣を突き立てた。
「……貫けぇッ!!」
鈍い音と共に、刃が強靭な筋肉を突き破り、深々と奥へと吸い込まれた。 「ガ、ガァ……ッ!?」 巨人の一つ目が大きく見開かれ、どす黒い血が溢れ出す。
勝利を確信した、その瞬間だった。
「シンジ、危ないっ!!」
絶命の淵にいた巨人が、残された力を拳に込め、目の前のシンジを叩き潰そうと振り下ろした。回避は間に合わない。シンジは短剣を掴んだまま、丸太のような巨拳をまともに脇腹に受けた。
「……が、はっ……!?」
凄まじい衝撃。シンジの身体は木の葉のように吹き飛ばされ、街道の脇へと激しく叩きつけられた。それと同時に、黒い巨人は地響きと共に沈み、二度と動かなくなった。
「シンジ!!」 「シンジさん!!」
静寂が戻った草原に、二人の悲痛な叫びだけが木霊していた。




