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第4章:第56話:夜営地のディーラー

第4章:第56話:夜営地のディーラー


街道を赤く染めていた夕陽が地平線に沈み、空が深い藍色に溶け始める頃。 一本道の街道沿いに、旅人たちが自然と足を止める野営地が現れた。


あちこちで焚き火が爆ぜる音がし、使い古されたテントや馬車が並ぶ。どこか哀愁漂う旅の中継点であった。


「……よし、ここね。シンジ、いい場所が空いてるわよ!」


ミーシャが声を弾ませ、シンボリルドルフの手綱を引いて一等地に馬車を滑り込ませた。周囲の旅人たちが「なんだ、あの妙な馬車は?」と好奇と不信の混じった視線を向ける。だが、ここからが彼らの本領発揮だった。


「シンジ、あれやるわよ! 準備はいい?」 「ああ。……シンボリルドルフ、少し休んでろよ」


シンジは手際よく愛馬を離すと、馬車のセッティングを開始した。固定用の脚を地面に下ろし、荷台全体を覆っていた幌を器用に巻き上げて固定する。すると、荷台の左右に備え付けられていた大きな窓が露わになり、中にはリーベルで仕入れた新鮮な野菜や果物が所狭しと並んでいた。階段を引き出し、カウンターを整えれば、そこは立派な移動式店舗へと変貌を遂げる。


「……っ、よし! 開店準備完了!」


ミーシャは腰に算盤を差し、不敵なドヤ顔でカウンターの中央に陣取った。


「さあ、シンジ! 客を連れてきなさい!」 「任せとけ。……おい、フィリア! 前に教えた『あれ』、頼むぞ」


シンジは一歩前に出ると、現代の商店街で見かけるような、軽快なリズムで手拍子を打ち始めた。


「はい、いらっしゃいいらっしゃい! 採れたてピチピチ、リーベル直送のビタミン補給はいかがかなー!? 安いよ安いよー! 旅の疲れに効く甘い果実、今だけの大特価だ!」


その現代的でノリの良い呼び込みに、周囲の旅人たちが次々と足を止める。そこへ、真司に促されたフィリアが、さらさらとした銀髪を揺らし、少し頬を赤らめながらも澄んだ声を響かせた。


「え、エヘヘ……。いきますよ? ……み、み、み、ミーシャ、ミーシャのおみせ♪ 欲しいものなら、なんでもあるわ〜♪」


エルフの透明感のある歌声で歌われる、あの中毒性抜群のメロディ。 「み、み、み、ミーシャ、ミーシャのおみせ♪」


「な、なんだあの歌は……?」 「ミーシャのお店? あんな綺麗な子が歌ってるなら、ちょっと覗いてみるか……」


一人、また一人と、吸い寄せられるように客が集まってくる。


「はい、お買い上げ! 毎度あり! ほらミーシャ、計算!」 「言われなくても分かってるわよ! はい、果物二つで15ゴールド! お釣りはこれね!」


パチパチパチッ! と、ミーシャが小気味よい音を立てて算盤を弾く。 この世界に紙幣はない。客が支払うのはすべて金属の「ゴールド」だ。チリッ、チャリンと、カウンターに硬貨が積み重なっていく。一つひとつは小さな稼ぎだが、客が途切れることなく押し寄せ、商品は飛ぶように売れていく。ミーシャは集まったゴールドの確かな重みを指先に感じながら、これ以上ないほどのドヤ顔で真司にウインクしてみせた。


「シンジ、あんたの言ってた『てーまそんぐ』ってやつ、最高じゃない! 算盤を弾く手が止まらないわ!」


ミーシャは弾むような声でそう言うと、カウンターに並んだ真っ赤なリンゴを一つひょいと掴み、御者台の横に立つシンジへ向かって軽く投げた。


「ほら、お疲れさま!」 「おっ。……サンキュ」


放り投げられたリンゴを、シンジは空中で受け止める。 手のひらに伝わる、ずっしりとした重み。ふと、彼はこの世界に転生してきた直後のことを思い出していた。


…空腹に耐えかね、足元に転がってきたリンゴを無我夢中でかじったあの日。 「はい、まいど。1ゴールドね」 そう言って笑い、俺を商売に巻き込んでくれたのが、目の前のこの少女だった。


シンジは少しだけ目を細めると、皮ごと豪快にそのリンゴをかじった。 シャクッ、と小気味よい音が響き、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。あの時よりも、ずっと瑞々しくて、ずっと美味く感じられた。


だが、感慨に浸るシンジの耳に、算盤を弾く手を止めたミーシャの楽しげな声が届く。


「……はい、毎度あり。1ゴールドね、シンジ」 「ぶっ……!? ――げほっ、ごほっ! ……おい、ミーシャ! これはサービスじゃないのかよ!」


慌てて咽せるシンジに、ミーシャは算盤を指先で弾いてニヤリと笑ってみせる。


「商売に私情は禁物よ。たとえ仲間でも、商品は商品。……さあ、さっさと払いなさい?」


その不敵な笑みを見て、シンジは確信した。彼女はあの日の出会いを、あのリンゴが転がった瞬間を、自分と同じように思い出してわざと言っているのだ。


シンジは残ったリンゴをもう一度かじると、口角を上げて不敵に笑い返した。


「……悪いな、ミーシャ。あいにく、今も『一文無し』なんだ」


シンジはわざとらしく空のポケットを裏返して見せた。あの日、初めてリーベルの街で彼女に出会った時と全く同じ、確信犯の嘘だ。


「……金はない。だが、足りない分はまた――『身体』で払うよ、ミーシャ」


その言葉に、ミーシャは一瞬だけ目を見開いた。あの日、自分がシンジを雇うために投げかけた強気なセリフ。それを今、余裕のある笑みを浮かべた彼からそっくりそのまま返されるとは思っていなかったのだろう。


「……っ。ふん、やっぱりね。あんた、服は立派になったけど、中身は相変わらずじゃない」


ミーシャは少しだけ頬を赤らめ、嬉しさを誤魔化すように算盤を激しく鳴らした。


「いいわ、だったらたっぷり働いてもらうわよ! ほら、次のお客さん! フィリア、歌を止めないで! この『一文無し』をこき使うんだから!」


「は、はいっ! ……み、み、み、ミーシャ、ミーシャのおみせ♪〜…」


エルフの歌声と、小気味よい算盤の音。 シンジは、自分が居るべき場所を確かめるように、もう一度リンゴを深くかじった。 あの日と同じセリフが、今の二人にとっては、何よりも確かな絆の証だった。

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