第3章:第54話:祝いの灯火、そして王都への道
第3章:第54話:祝いの灯火、そして王都への道
広場の中央で、巨大な焚き火が爆ぜる音が夜の空気に規則正しく響いている。 机には、目覚めたばかりの村人たちが、ありったけの感謝を込めて用意した素朴な馳走が並んでいた。湯気を立てる野菜のシチュー、香ばしいパン、そして村の蔵で守られてきた芳醇な地酒。
「さあ、食べて。……遠慮しないで。あんたたちは、この村の命の恩人なんだから」
村の年長者が、震える手でシンジの空いた器を満たす。背中を叩かれ、何度も感謝の言葉を注がれるたび、シンジは少し照れくさそうに、けれどどこか嬉そうに頷いた。
その傍らでは、フィリアが村の子供たちに囲まれている。初めて見るエルフの少女の透き通るような美しさと、自分たちを救ってくれたことへの純粋な憧れ。子供たちは「お姉ちゃん、ありがとう」「耳、見せて!」とはしゃぎながら、彼女の服の裾や指先にそっと触れる。フィリアは、そんな子供たちの愛らしい姿を、慈しむような穏やかな微笑みで見守っていた。
熱狂のピークが過ぎ、宴のざわめきがしっとりとした夜の闇に溶け込み始めた頃。 三人は広場の端、少しだけ喧騒から離れた場所で、焚き火の残火を眺めながら腰を下ろした。
「……ねえ、シンジ、フィリア」 ミーシャがジョッキを置き、火の粉がゆっくりと空へ昇っていくのを、うっとりと見上げた。 「私、商人になってからずっと、ただお金を稼いで生きていくことだけが全てだと思ってた。でも……今日、みんなの目覚めた顔を見ていたら、なんだか……胸の奥が、ずっと温かいの」
シンジが短剣を傍らに置き、長く、深い息を吐き出す。 「……ああ。今までは、自分が生きていくので精一杯だったけど……。こうして面と向かって『ありがとう』なんて言われると、案外、力が湧いてくるもんなんだな。……悪くない気分だよ」
フィリアは膝の上の弓をそっと撫で、二人の言葉を噛みしめるように頷いた。 「……もし、あのまま二人が来てくれなかったら、村のみんなは……私のせいで、ずっとあのままだったかもしれない。動けないまま魔物に襲われて、誰もいなくなっていたかもしれないって思うと、今でも震えそうになるわ。……でも、お母さんの装備と一緒に、みんなの命を取り戻すことができた。……生きていてくれて、本当によかった……」
宴の熱気が残る肌に、夜の冷気が心地よく染み込む。 すべてを出し切った後のような、深い充足感。 三人の間には、言葉を尽くさずとも互いの存在を近くに感じる、濃密で穏やかな時間が流れている。
やがてミーシャが、北の空を見つめ、静かに切り出した。
「……実はずっと、行きたい場所があったの。一人で行商して回るには、道中の魔物も強すぎるし、距離も離れすぎていて……到底無理だって、半ば諦めていた場所」
彼女の視線の先には、月明かりに照らされた山脈が、威厳を持って聳え立っている。
「…このレガリア王国の首都……王都マルシェリアに行きたいの。そこには世界中の品物が集まり、見たこともないような景色や、新しい可能性が溢れている場所。……今の、この三人なら、あの山を越えて、あの街の門をくぐることができる。……そう確信できるの」
シンジとフィリアは、吸い込まれるように北の夜空を見つめた。
「……首都、か。いいな、面白そうだな。この世界の中心がどんなところなのか、見てみたいよ。……次はどんな冒険が待ってるんだろうな」 シンジが純粋な期待を瞳に宿して笑うと、フィリアも晴れやかな顔で空を仰いだ。 「ええ。……私も見に行きたい。この広い世界を、どこまでも。二人と一緒に、私たちが新しく見つけるその景色を、もっともっと味わいたいの……」
三人の視線が重なり、焚き火の最後の一片が爆ぜて、闇へと消える。
ムサカ村の夜は、どこまでも深い。 けれど、その闇の向こう側には、まだ見ぬ黄金の王都が、彼らの訪れを静かに待っていた。
――第3章:完




