第2章:第43話:碧の境界、隠れ里の咆哮
第2章:第43話:碧の境界、隠れ里の咆哮
朝日が山嶺を赤く染め上げる頃、三人は二つ目の山の急峻な尾根を這うように進んでいた。標高が上がるにつれ、空気は刃のように冷たく研ぎ澄まされ、肺に吸い込むたびに痛みが走る。
「グガァァァッ!!」
突如、岩壁を粉砕して現れたのは、巨大な剛腕を持つ「マウンテン・オーガ」だった。その圧倒的な質量と暴力的な魔力を前に、普通に挑めば一撃で肉塊に変えられるだろう。だが、今の真司には、正面から戦うつもりなど毛頭なかった。
「……まともにやり合うな! 散れっ!」
真司の鋭い号令で、三人はバラバラに跳ぶ。真司は背負っていた袋から、あらかじめ用意していた「目潰しの粉」と「粘着液の小瓶」を迷わず投げつけた。
「グガッ!? ギガァッ!」
顔面に粉を浴び、目を押さえて悶絶するオーガ。そこへ、真司が盗賊のスキル『瞬歩』を使い、巨躯の足元へ滑り込む。狙うは首ではない。アキレス腱だ。
「悪いな、こっちは命がかかってんだ……!」
低い姿勢から短剣を深く突き立て、抉る。オーガがバランスを崩して膝をついた瞬間、ミーシャが叫んだ。
「フィリアちゃん、いまよ! 逃さないわ!」
ミーシャの鞭が光を帯びてしなり、オーガの自由な方の腕を岩場に絡め取って固定する。商人の計算に基づいた、最も力の入らない角度での拘束。
「はい! ……精霊さん、その魂を凍てつかせて! 『氷結の矢』!」
フィリアが全魔力を込めて放った矢は、視界を奪われ、動きを封じられたオーガの眉間を容赦なく貫いた。 地響きを立てて絶命する怪物。真正面からの力押しではなく、搦め手と連携で掴み取った、冷徹で確実な勝利だった。
なんとか強敵を退け、膝をついて激しく肩で息をしながら、三人はついに峠の頂へと辿り着いた。眼下には、これまでの峻険な岩場とは対照的な、深い碧の海が広がっていた。三人は一気に斜面を駆け下り、濃い魔力の霧が立ち込める深い森の入り口に立ったとき――。
「……あ……っ」
フィリアが、震える指先で前方を指差した。霧のカーテンが風に煽られて一瞬だけ晴れ、その奥に、天を突くような巨木が幾重にもそびえ立つ、幻想的な光景が姿を現す。
「……あれです。……あれが、私の故郷……エルフの隠れ里、『常盤の森』です……!」
木々の隙間から漏れる陽光が、微かな光の粒子となって舞い踊る。緑の天蓋に覆われ、魔力的な静寂に包まれたその場所。そこは、フィリアが焦がれ、そして恐れた――「掟」が支配する、美しくも排他的な聖域。
「行こう。……俺たちが、お前の味方だ」
真司がフィリアの背中にそっと手を添え、ミーシャが力強く頷く。 三人の足が、未知の領域へと最初の一歩を刻み込む。それは、一つの旅の終わりであり、運命を揺るがす戦いの幕開けでもあった。
(第2章・完)




