第2章:第31話:見えない里、失われた旋律
第2章:第31話:見えない里、失われた旋律
「……この呪縛を解く唯一の鍵は、エルフの里にある『目覚めの笛』だけなんです」
教会の冷え切った空気の中で、フィリアが決然と言った。彼女の視線は、西の空——険しくそびえ立つ二つの連峰へと向けられている。
「エルフの里は、あの山の向こう……。けれど、そこは古の結界に守られていて、人間には決して見えず、入ることもできない場所なの。エルフにしか通ることのできない、秘された道……」
「『目覚めの笛』……。それが、この呪縛を解く唯一の鍵なのね」
フィリアの言葉に、ミーシャが確信を込めて呟いた。教会のステンドグラス越しに西の空を見上げれば、夕闇が刻一刻と世界を飲み込もうとしている。
「ああ。だが、問題はそこじゃない。……人間には見えず、入ることもできない場所、か」
シンジが静かにナイフを鞘に収め、厳しい表情で言った。どんなに脚力があっても、どんなに鋭い刃を持っていても、辿り着けない場所には手出しができない。自らの力が及ばない概念の壁に、シンジの喉の奥に苦い焦燥が走る。
「……はい。里に近づいた人間は、いつの間にか意識を逸らされ、元の道に戻される……。決して辿り着けない幻。でも……エルフである私が一緒なら大丈夫です。私が皆さんを導けば、結界を抜ける道筋が見えるはずだから」
フィリアはまだ震える手をそっと胸に当て、自分に言い聞かせるように続けた。
「里の司祭様に事情を話せば、きっと『目覚めの笛』を貸してくれる……はず……」
フィリアの瞳に、かすかな不安が過る。魔物の苗床にされ、汚されてしまった自分を、里は、司祭様はどう受け入れるのか。けれど、シンジとミーシャの真っ直ぐな瞳を見て、彼女は決意を固めるように頷いた。
「お願い、シンジ、ミーシャ。私を……里まで連れて行って。今度は私が、あなたたちの力になりたいの」
シンジは一つ、深く息を吐き出すと、ミーシャと視線を交わした。その瞳に迷いはない。
「わかった。……行こう、その『見えない里』へ」
ムサカ村の、止まったままの針を動かすための、険しい山越えが始まろうとしていた。




