第2章:第30話:止まったままの針
第2章:第30話:止まったままの針
洞窟の奥、戦いの余韻が漂う中で、二人はフィリアの介抱を続けていた。 ミーシャは手際よく薬草をすり潰すと、持っていたハチミツ入りの水で丁寧に溶かし、少女の唇にそっと含ませる。
「……ゆっくり、飲み込んで」
甘く苦い液体が喉を通ると、フィリアの頬にようやく生気が戻ってきた。彼女が自力で立てるほどに回復するのを待つ間、シンジとミーシャは自分たちの体力を回復させるため、残りの薬草を「もぐもぐ」と無心に咀嚼する。その泥臭くも必死な姿を、フィリアは不思議そうな、どこか救われたような目で見守っていた。
その傍らで、シンジは植物が鎮座していた場所の隅に置かれた宝箱を開ける。 「……これは?」 中に入っていたのは、古びた、だが重厚な作りの『おおきづち』だった。 「シンジ、それ……どうするの? 武器にするには重すぎるし、今の私たちには必要ない気がするけど……」 ミーシャと顔を見合わせたシンジだったが、彼は何かを閃いたように不敵に笑うと、その大きな槌をがっしりと肩に担ぎ上げた。
「……いや、これは後で『使う』予感がする。持って帰るぞ」
それから三人は、暗い森の中をムサカ村へとひた走った。 道中、森の魔物たちが何度も襲いかかってきたが、シンジの鋭い刃とミーシャの苛烈な鞭がそれを退けていく。フィリアは二人の戦う背中を、一言も発さずにじっと見つめながら、黙ってついてきた。
一日、夜営を挟んでようやく帰り着いたムサカ村。 だが、村を包む空気は、出発した時と何ら変わっていなかった……。 重く、冷たく、そして……静かだった。
「……おかしいわ。元凶は、あの植物だったはずなのに……っ!」
ミーシャが教会の重い扉を押し開ける。 飛び込んできたのは、微かな光の中で続く「懸命な祈り」の光景だった。
「……おお、シンジ! ミーシャ! 無事だったか!」
青白い顔で結界を維持していた神父が二人を迎える。床には、二人が運び込んだ村人たちが静かに横たわったままだ。 シンジは肩から『おおきづち』を下ろし、神父にジェネラル・ゴブリンと呪いの植物のことを説明した。神父は深く考え込む。
「元凶の植物を倒したのなら、この呪縛も解けるはずなのだが……。見ての通り、彼らはまだ、暗い夢の底から戻ってこれないようなのだ」
シンジが村人の一人を揺り動かすが、反応はない。
「……そんな。私たちの戦いは無駄だったっていうの……?」
「いいえ。新たな被害は止まったはずだ。だが、既に深く沈んでしまった意識を呼び戻すには……」
そこで、シンジの背後に隠れていたフィリアが、おずおずと前に出た。神父は驚愕に目を見開く。
「……その耳、その佇まい……。よもや、君は……」
「……あ、あの……私のせいなんです。あの植物を通して、私の歌が、彼らの魂を……あっち側へ連れて行ってしまったから……」
うなだれるフィリアの細い肩が、罪悪感で小さく震えていた。




