第1章:第2話:沈む夕陽と、再生の指先
第1章:第2話:沈む夕陽と、再生の指先
リーベルの街並みを包む空が、燃えるような茜色に染まり始めた頃。 石造りの建物が長い影を落とし、家々からは夕食の支度をする薪の匂いが漂い始めていた。
「ふぅ……。お疲れ様、お兄さん! 案外、あんたの呼び込み、最後の方は様になってたわよ」
ミーシャが額の汗を拭いながら、売れ残ったわずかな野菜を手際よく馬車に積み込み、満足げに笑った。 けれど、彼女が軽やかな動作で御者台に飛び乗ろうとした、その瞬間だった。
バキッ……!!
鈍い破壊音が静かな夕暮れに響き、荷を積んだ馬車がガクンと大きく右に傾いた。
「えっ……? うそ、車軸が……!?」
ミーシャが青ざめた顔で駆け寄る。見れば、長年の酷使に耐えかねたのか、乾燥してひび割れていた木製の車軸が、重みに耐えきれず無惨に裂けていた。車輪は不自然な角度に歪み、泥の中に沈み込んでいる。
「どうしよう……。明日の朝には、峠を越えて隣の村の市に行かなきゃいけないのに! 今から修理屋を呼んだって、部品の取り寄せで数日はかかるわ……。あぁ、せっかくの稼ぎが……!」
石畳に膝をついて、今にも泣き出しそうになるミーシャ。 その横で、俺は無意識に、吸い寄せられるように馬車の底を覗き込んでいた。
(……待てよ。この構造、以前模型で作った19世紀の荷馬車とほぼ同じだ。ここを支点にして、こう補強すれば……)
現代で、意味の見出せない営業資料を作っていた時は、一文字入力するのも指先が鉛のように重かった。 だが今、目の前にある「壊れた木材と鉄」の組み合わせを見ていると、脳内に鮮やかな設計図が溢れ出し、指先が微かな熱を持って疼き始める。
「……ミーシャ。道具、持ってるか? 金槌と、予備の楔、あと丈夫な麻紐があれば……直せるかもしれない」
「えっ? お兄さん、何言って……。あんた、ただの素人じゃないの? こんなの、専門の職人じゃなきゃ無理よ!」
「いいから、貸してくれ」
俺は彼女から道具をひったくるように受け取ると、夕闇が迫る中で夢中で作業を始めた。 34歳の俺が、唯一自分を肯定できたのは、ガンプラや精密模型を黙々と作っている静かな夜だけだった。 あの時、神経を研ぎ澄ませて指先に覚え込ませた『構造』の感覚が、今、若返ったこの異世界の身体で、かつてない精度を持って蘇る。
「(ここを楔で固定して、反対側から圧をかける……。力を逃がすように紐を巻き、この金具を……)」
言葉はいらなかった。 泥にまみれ、木屑を被りながら、俺はただ黙々と手を動かす。 シュッとした新しい身体は、俺の脳内のイメージ通り、ミリ単位の狂いもなく精密に動いてくれた。
「……よし。これで動くはずだ。無理は禁物だが、隣の村までなら十分に持つ」
小一時間後。俺が声をかけると、ミーシャは呆然とした様子で、見事に補強された車軸を見つめていた。 それは単なる応急処置ではなく、工芸品のような正確さで、以前よりもずっと強固に組み直されていた。
「……信じられない。これ、元より丈夫になってるじゃない……。あんた、一体何者なの?」
夕陽の残光を背に立ち上がった俺の姿。 昼間の「冴えない居候」の面影は消え、そこには一人の**『造り手』**としての確かな光を纏った、新しい俺がいた。




