第2章:第20話:眠れる村と、孤独な聖職者
第2章:第20話:眠れる村と、孤独な聖職者
村の入り口を抜けると、そこには目を疑う光景が広がっていた。 日溜まりの中、農具を手にしたまま道端に横たわる男。開いたままの窓越しに見える家の中では、食卓を囲んだまま突っ伏している家族。そこには争った形跡も、血の匂いもない。
「……ねぇ、真司。これ、みんな……死んでるの?」
ミーシャが震える声で尋ねる。その手には使い込まれた護身用の棍が握られ、武闘家としての重心が低く定まった。
「……いや、生きてる。寝息が聞こえるんだ」
真司はレベル5になったスキル『気配察知』を極限まで研ぎ澄ませていた。 村全体を包む、不自然なほどに深く、重い「眠り」の波動。二人は互いの死角を補うように背中を預け合い、四方に注意を払いながら村の奥へと進む。
「真司、右の屋根裏! 何かいるわよ!」
ミーシャが鋭く叫ぶと同時、彼女の身体がしなやかに躍動した。 屋根の隙間から飛びかかろうとした小型の魔物に対し、ミーシャは手に持った棍を正確無比に突き出す。風を切る一撃が魔物の眉間を捉え、壁に叩きつけた。
「助かった、ミーシャ! さすがだな」 「お返しよ、さっきの狼の時のね!」
ミーシャは不敵に微笑むと、手元の棍をクルリと回して構え直す。二人の息の合った連携で「眠りの番人」たちを退け、ようやく辿り着いたのは村の最奥にそびえる古びた教会だった。
ギィ……と、油の切れた扉が重い音を立てて開いた瞬間、ステンドグラスの下で跪いていた老神父の肩が、激しく跳ね上がった。
「ひっ……! 来ないでくれ、あっちへ行け……っ!」
神父は悲鳴を上げながら、祭壇の影にいた二人の子供を必死に自らの背中へと隠した。その瞳は完全に怯えきり、焦点も定まっていない。
「神父さん、落ち着いて! 俺たちは人間だ、助けに来たんだ!」
真司が慌てて両手を挙げて敵意がないことを示すと、神父は喘ぎながら、疑うような視線で二人の姿をなぞった。
「ひ……人……? 本当に……起きている人間なのですか……?」
真司の問いに、神父はガチガチと歯を鳴らしながら、縋るように子供たちの肩を抱き寄せた。
「わかりません……私には、何が起きているのか……。ただ、あの日……新月の夜に、森の方から恐ろしい『歌』が聞こえてきたのです。それを聞いた者は、みんな、みんな眠ってしまった……」
神父は震える手で、教会の入り口を指差す。
「この教会は古くからの結界に守られています。だから、ここへ逃げ込めばあの歌は聞こえない……。ですが、外がどうなっているのか、いつまでここが安全なのか、私には……」
神父の深い隈の浮いた目は、結界という薄い壁一枚を隔てた外の世界への、底知れない恐怖を物語っていた。今の彼にとって、この教会は聖域であると同時に、一歩も出ることのできない孤独な檻なのだ。
「もう、どれくらい経ったのかも……。祈る以外、私にはどうすることも……」
神父の言葉が途切れた瞬間、教会の高い天井……結界の「外側」にある屋根から、不吉な無数の「羽ばたき」の音が、嫌な振動と共に響き渡った。




