第2章:第19話:鉄と血の街道、そして静寂の村へ
第2章:第19話:鉄と血の街道、そして静寂の村へ
北へ向かう道は、想像以上に過酷なものだった。 街道の脇から飛び出す巨大な牙のシルバーウルフ、そして岩陰に潜み、狡猾な奇襲を仕掛けるゴブリンの斥候たち。
「……はぁ、はぁ……! くるぞ、ミーシャ! 伏せてろ!」
連戦の中で、真司の身体は見違えるほど引き締まっていた。 レベル3から4、レベル5へ。レベルアップのたびに身体の奥で魔力が脈動し、泥臭くあがく中で視界は以前よりも鮮明に、時の流れが少しだけ緩やかに感じられるようになっていく。
(見える……。敵の呼吸、重心の移動……!)
「――『フェイント・ステップ』!!」
真司が地を蹴る。狼の鋭い爪がその残像を切り裂いた瞬間、真司の身体はすでにその懐へと滑り込んでいた。 逆手に持った短刀が、吸い込まれるように狼の喉元を一閃する。 熱い返り血を浴びながらも、真司の瞳に迷いはない。馬車を狙う影を次々と闇に葬り、ミーシャの安全を確保し続けるその立ち居振る舞いは、もはや「新米」の危うさを脱し、一人の「プロの盗賊」としての集中力を纏い始めていた。
「……やるじゃない、真司。今の身のこなし、様になってたわよ」
手綱を握るミーシャが、短くも信頼の籠もった声をかける。
その夜は、街道の脇にある岩棚の下で夜営をした。 焚き火の爆ぜる音だけが響く中、真司は返り血を拭った短刀を砥石で研ぎ、ミーシャは毛布にくるまって眠りにつく。34歳の魂を持っていても、この世界の夜は心細い。けれど、守るべき相手がいるという事実は、真司の心に確かな芯を通していた。
翌朝、山をさらに深く登るにつれ、空気はさらに鋭く冷え切っていった。 それと呼応するように、現れる魔物の数も、その猛々しさも増していく。
「――っ、また来たわ! 今度は数が多いわよ!」
ミーシャが叫び、馬車を止める。 前方からは三体のシルバーウルフ、そして後方の岩場からは、弓を持ったゴブリンの増援が姿を現した。
「ミーシャ、後ろの弓持ちを頼む! 前の三匹は俺が止める!」
真司は馬車を蹴って飛び出すと、重心を低く保ち、レベル5の身体能力をフルに解放した。 先頭の狼が大きく口を開けて飛びかかってくる。だが、真司の目にはその動きが、昨日よりもさらに鮮明に捉えられていた。
「『フェイント・ステップ』!!」
真司の身体が陽炎のように揺らぐ。狼が空を切った瞬間、彼はすでに二体目の狼の死角へと回り込んでいた。 一方で、ミーシャも手際よく動く。彼女は馬車に備え付けたクロスボウを素早く構えると、正確な狙いで岩場のゴブリンを射抜いた。
「一匹片付けたわ! シンジ、右よ!」
「助かる!」
ミーシャの警告に合わせて、真司は右から迫る爪を短刀の腹で受け流し、その勢いのまま喉笛を掻き切る。 一人が敵を翻弄し、もう一人が致命的な隙を突く。 言葉を介さずとも噛み合い始めた二人の連携が、過酷な山道を切り開いていった。
激戦の果てに、ようやく山の尾根を越えた。 そこから見下ろした先には、目的の「ムサカ村」が広がっていた。
「……あれが、ムサカ村……?」
真司が呟く。 レベル5に達し、鋭敏になった彼の感覚が、強烈な「違和感」を告げていた。 見下ろす村の煙突から、生活の証である煙は一本も上がっていない。家畜の鳴き声も、子供の笑い声も……あるべき「音」がすべて、そこには欠落していた。
ただ、冷たい風が風車を虚しく回す音だけが、不気味な静寂を強調している。 そこには、まるで世界からその場所だけ時を止められたような……あるいは「生命」だけがそっくり抜き取られたような、異様な光景が広がっていた。




