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第2章:第17話:沈黙のムサカ村

第2章:第17話:沈黙のムサカ村


宿屋の食堂。朝食の和やかな喧騒の中で、突如として二人のテーブルに重苦しい影が落ちた。 そこには、顔色の悪い、仕立てのいい服を着た青年が立っていた。その縋るような、怯えを孕んだ瞳が、真司とミーシャを真っ直ぐに見つめている。


「……君たち、冒険者……だよね? それに行商の馬車も持っている。……頼みがあるんだ」


青年は周囲を気にするように声を潜め、震える指先で、テーブルに広げた古びた地図の一点を指し示した。 「ここから北へ二日。山間に広がる『ムサカ村』……知っているかな?」


その名を聞いて、ミーシャが美しく整えられた眉をわずかにひそめた。 「ええ、知ってるわ。あそこは上質な薬草の産地で、この村のギルドとも定期的に取引があるはずよ。……でも、そういえば最近、あそこの商人を見かけないわね」


ミーシャの言葉に、青年の顔はさらに土色へと変わっていく。 「そうなんだ! 私の姉があそこに嫁いでいるんだが、先月からパタリと手紙が途絶えた。それだけじゃない。村からの行商も、旅人の噂も……何一つ聞こえてこないんだ。まるで、村そのものが深い霧に呑み込まれてしまったみたいに……」


真司の背筋に、冷たいものが走った。 まだレベル3のひよっこだが、それでも「盗賊」の職を得てからというもの、目に見えない「違和感」に敏感になっている。 (先月から……? モンスターの襲撃なら、逃げ延びた奴の噂くらい流れるはずだ。なのに、音沙汰なしっていうのは……普通じゃない)


「……ギルドには、調査の依頼は出していないのか?」


真司が低い声で問うと、青年は力なく首を振った。 「出したさ! でも、あそこは険しい山道の上に、今は雪解けの時期で足場が最悪だ。ギルドからは『様子見』だと言われて、優先順位を後回しにされている。……お願いだ、もしあっちの方へ行く予定があるなら、姉の安否だけでも確かめてきてくれないか?」


ミーシャは真司と視線を交わした。 商人としての勘が、この依頼の裏にある不穏な気配を捉えている。単なる通信の遅れか、それとも。震える青年の手を見捨てられる二人ではなかった。


「……わかったわ。ちょうど、次の目的地を探していたところよ。真司、どうする?」


ミーシャの問いに、真司は腰に帯びた短刀の感触を無意識に確かめた。 34年間の平穏な人生では決して味わうことのなかった、正体のわからない不安と、それを上回る微かな高揚感。


「……ああ。行ってみよう。その村で何が起きているのか……あるいは、何も起きていないのか。俺たちの目で、確かめてやるよ」


真司の言葉に、ミーシャが少しだけ表情を和らげて頷く。 二人は依頼人の青年に力強く頷くと、すぐに旅の支度を整えるべく、まだ温かいスープを飲み干して席を立った。


北へ二日。山間のムサカ村を目指して、彼らの馬車は再び動き出そうとしていた。

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