間話:第14.5話:重たい幸せ、首筋の雫
間話:第14.5話:重たい幸せ、首筋の雫
真司の寝顔を眺めながら、ミーシャは自分の赤くなった頬を両手で押さえていた。
(……もう。心臓がうるさくて、倒れちゃいそう……)
さっきのキスの感触が、まだ唇に残っている。 生まれて初めて、男性に強引に触れられた唇。逃げられないように塞がれ、抗う間もなく奪い去られた、私のファーストキス。
(……奪われちゃった。……あんな、情熱的に……)
その圧倒的な熱量を思い出すだけで、空っぽだった胸が温かな光で満たされていくようだった。
だが、その幸福な静寂は、すぐに無惨に打ち砕かれた。
「……フガッ、……ゴガァー……、ズズッ……」
真司の口から漏れ出したのは、情緒もへったくれもない、重低音のいびきだった。
「…………ちょっと、シンジ?」
揺らしても、つついても反応はない。 転職による身体の劇的な変化、必死なレベル上げの疲労、そして初めて経験した対人戦(喧嘩)の緊張……。糸が切れたように眠る彼に、ミーシャのロマンチックな気分はみるみる冷めていった。
ふと視線を感じて顔を上げると、カウンターの奥で店主が「……いつまで居座るつもりだ?」と言わんばかりの冷たい視線を向けて、床を掃除し始めている。
「……わかったわよ。出ればいいんでしょ、出れば!」
ミーシャは意表を突かれた人生最高の日(のはずだった夜)に毒づきながら、大の大人一人を背負い上げた。
「――っ、ぬ、ぬぬ……。重っ……!! なによこれ、岩背負ってるみたい……!」
レベルが上がり、商人のスキルで重い荷物には慣れているはずの彼女でも、意識のない男の「生身の重さ」は別格だった。 夜風の吹く通りに出ると、さらに追い打ちがかかる。
「ちょっ、冷たい……! いや、何これ、……ヒィッ!? シンジ、あんた涎垂らしたでしょ! 首に、首に垂れてきてるわよ!!」
重いわ、肩は痛いわ、首筋はベタつくわ……。
「……なによ、これ。私の初めてのキスの大切な思い出の夜が、なんでこんなことになってるのよ……」
一気に腹が立ってきた。もう道端に放り出してやろうかと思った、その時。
背後で「……ミーシャ……」と、寝言で自分の名前を呼ばれた気がした。
「…………」
出会ったばかりの、あの冴えない、けれど必死に自分を守ろうとした彼の姿。 不器用で、でも真っ直ぐなあの瞳。 重たい彼を背負い直しながら、ミーシャの口元に、ふっと力が抜けたような笑みが漏れた。
「……ふふ。ほんと、最高のドロボウ(ドジ)ね、あんた」
なんとか宿屋の部屋まで辿り着き、真司をベッドに放り出す。 自分も服を着替える気力すら残っておらず、彼をベッドの端へ追いやって、その横に倒れ込んだ。
「……明日、起きたら……。覚悟しなさいよ、シンジ」
ミーシャは、自分の唇を強引に奪った憎めない相棒の腕に頭を乗せるようにして、泥のように深い眠りへと落ちていった…




