表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/113

第1章:第13話:琥珀色の時間、髪をなでる風

第1章:第13話:琥珀色の時間、髪をなでる風


酒場『銀の星亭』の隅。喧騒から少し離れたテーブルで、真司とミーシャは琥珀色のエールで乾杯していた。


「……ねぇ、シンジ。さっきのステップ、あれは凄かったわ。相手の力を利用して転がすなんて、旅人の時じゃ考えられなかったもの。あれが『盗賊』の力なの?」


(……やっぱり、見られてたのか)


ミーシャが楽しそうに笑いながら、ジョッキを傾ける。 今日の彼女は、いつも元気に纏めている髪を下ろし、肩にさらりと流していた。酒場の灯りを反射して柔らかな光を放つその髪が、なぜか今の真司には、いつもよりずっと艶やかに、そして「女」らしく見えて仕方がなかった。


(……あいつ、あんなに髪、綺麗だったんだな……)


ふとした瞬間に漂う、いつもより少しだけ強い彼女の甘い香りに、真司の心臓が不規則な音を立て始める。


「……ああ。でも、まだ……その、ナイフの、抜き方が……」


真司は平静を装って反省点を語ろうとするが、言葉が上手く繋がらない。34年間、女性とまともに手を繋いだことさえない彼にとって、今のミーシャはどんな強敵よりも直視できない「眩しさ」を放っていた。


「……シンジ? どうしたの、黙っちゃって。……私の顔に、何か付いてる?」


ミーシャが不思議そうに小首をかしげた。その仕草で、さらりと流れる髪が揺れ、隠れていた彼女の白い首筋が露わになる。ドクン、と心臓が跳ねた。真司は、もう限界だった。


「……えっと、あの……す、すごく……いいね……。き、き、き……綺麗だよ、ミーシャ」


「え……っ?」


ミーシャは意表を突かれたように目を見開いた。 彼女自身は、ただなんとなく気分を変えたくて髪を下ろしただけだった。けれど、目の前の男が、今にも爆発しそうなほど顔を真っ赤にして、壊れ物を扱うような声で自分を「綺麗だ」と言ってくれた。その必死な熱に当てられたように、ミーシャの頬にも一気に熱が上っていく。


「あ、ありがとう。……ちょっと、気分転換にね」


照れくさそうに視線を泳がせる彼女。潤んだ瞳が一瞬だけ真司を捉え、すぐに伏せられた。


二人の間に、それまでにはなかった濃密で、痺れるような沈黙が流れる。 真司はその気まずさと心臓の爆音を誤魔化すように、木製ジョッキに残った琥珀色のエールを掴むと、一気に喉へ流し込んだ。 独特のホップの苦味と、常温に近いエール特有の重厚な喉越しが、真司の胸を熱く焦がしていく。


一杯、また一杯。 逃げるように重ねたアルコールは、真司の羞恥心を麻痺させるどころか、彼の中で渦巻く「高揚感」に油を注いだ。


今日、俺は『職』を得た。 今日、俺は自分より強い敵を、この手で叩き伏せた。 自分の力で、目の前のこの女性を守り抜いた。


その事実が、34年もの間、臆病に縮こまっていた真司の心に、暴力的なまでの自信を植え付けていた。沸騰するようなアドレナリンと、胃の腑を熱くするアルコールが混ざり合い、真司の視線はいつしか、ミーシャの赤く湿った唇へと釘付けになっていた。


(……柔らかそう、だ)


一度そう思ってしまうと、もう抗えなかった。 ミーシャは戸惑うように自分の髪先を弄りながら、黙り込んだ真司を上目遣いに見つめている。


(……なんだよ、その目は。……期待、してんのか? 俺が、何かするのを……待ってるのか?)


それは、真司の勝手な思い込みに過ぎなかったのかもしれない。 けれど、今の彼にはその確信だけで十分だった。 真司の瞳に、昼間の戦いで見せたような、鋭く、けれど熱を帯びた光が宿った。彼は吸い寄せられるように、無言で身を乗り出した。


「シンジ……?」


驚きに目を見開くミーシャ。 その唇を、真司の唇が優しく、けれど逃がさないように熱く塞ぐ。


エールの苦味と、彼女の甘い体温が混ざり合う。一瞬の静寂の後、ミーシャの手からジョッキがテーブルにコトッと置かれ、彼女の細い指が、震える真司の服の裾をぎゅっと掴んだ…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ