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第1章:第12話:薄闇の路地、鉄の味

第1章:第12話:薄闇の路地、鉄の味


酒場の喧騒が、扉一枚隔てただけでひどく遠く感じる。 男たちは三人。リーダー格の男が、腰の安剣に手をかけながら、下卑た笑みを浮かべて一歩踏み込んできた。


「あの商人の女、なかなかの稼ぎだったよな。……それに、近くで見りゃあ相当なタマじゃねえか。あの若さであの身体、それにあの景気のいい笑顔……。くぅーっ、たまんねえなぁ!」


男は下品に舌なめずりをし、シンジを値踏みするように睨みつける。


「おい、新米。命が惜しければ、あの女をこっちに渡しな。そうすれば、俺たちの仲間に入れてやってもいいぜ? 俺たちがたっぷり『可愛がって』やった後なら、お前にもおこぼれを回してやるよ」


真司の視界が、一瞬で冷たく研ぎ澄まされた。 恐怖はある。相手は自分より体格の良い、この世界の荒事に慣れた連中だ。だが、それ以上に……。


(……あいつを、渡せ? ふざけるな。……34年間、何一つ守れなかった俺が、やっと見つけた「相棒」を……お前らみたいなクズに、モノ扱いされてたまるか!)


その卑劣な言葉が、真司の心の中で眠っていた「逆鱗」を真っ向から踏み抜いた。


「……断る。あんたらの仲間に入るくらいなら、スライムに飲み込まれた方がマシだ」


「……チッ、若造が。痛い目見なきゃ分からねえか。野郎ども、やれ!」


二人の男が左右から同時に襲いかかってくる。一人はナイフ、一人は棍棒。 真司は反射的に腰を落とした。レベル3に上がったばかりの『盗賊』の本能が、激しく警鐘を鳴らす。


(……いや、違う。この感覚、俺は知っている。……『潜入』と『CQC』。俺が画面越しに、何百、何千回と繰り返してきたあの動きだ!)


伝説の傭兵が見せてくれた、最短かつ最適な格闘戦の機序。 今の身軽な身体と『盗賊』のスキル補正が、脳内のイメージを強引に現実の動きへと変換していく。


(視える。……一歩、踏み込む瞬間の『隙』を突く……今だ!)


真司は新しく覚えた特技**『忍び足』**を、移動のバネへと変えた。 完璧には程遠いが、意識一つで足音は消える。一瞬、男の意識が外れた隙を突き、死角からその懐へ泥臭く、けれど無駄のない動きで滑り込んだ。


「なっ……!?」


男が驚愕で目を見開く間に、真司は相手の腕を絡め取り、体重を預けてその均衡を破壊した。 理屈ではなく「知っていた」。関節をどう極め、どこを叩けば人間が崩れるのかを。 そのまま、無防備な膝の裏を鋭く蹴り抜き、石畳に顔面から叩きつける。


「ギャアッ!」


「次は、あんただ」


真司の瞳に宿る、冷徹な光にリーダー格の男が明らかに怯んだ。 20代前半の若者の顔をして、34年分の重みを乗せた「静かな狂気」を放つ真司の威圧感は、チンピラたちの安い虚勢を打ち砕くには十分すぎた。


「ひ、ひぃっ……! 覚えてろよ!」


男たちは、床に這いつくばった仲間を引きずりながら、脱兎のごとく夜の闇へと逃げ去っていった。


「……はぁ、……はぁ……」


一人残された路地裏で、真司は震える手でナイフを鞘に収めた。 初めて、自分の意志で「悪意」を退けた。脳内の英雄には程遠いが、それでも一歩、踏み出せた気がした。


「……シンジ? どうしたの、こんなところで」


酒場の扉が開くと、そこには何も知らないミーシャが立っていた。 今夜の彼女は、いつも元気にまとめていた髪をさらりと下ろしている。街灯に照らされたその姿は、いつもの快活な少女というより、どこか息を呑むほど大人びた女性に見えた。


心配そうに覗き込んでくる「相棒」の瞳を見た瞬間、真司の口から無意識にある言葉が漏れた。


「……待たせたなぁ」


「……は? シンジ、何それ。カッコつけてるつもり? 誰のモノマネよ」


ミーシャが呆れたように笑う。 真司は照れくさそうに頭をかき、それから優しく微笑んだ。


「……いや、なんでもない。……中に入ろう、ミーシャ。エールが温まっちまう…」

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