第5章:第114話:勇者の遺産、侵食される世界
第5章:第114話:勇者の遺産、侵食される世界
… 挺身攻撃隊が街を出る前
カルディアの南に敷かれた防衛線に、少数の魔物が現れたという報せが、出撃準備を急ぐガルドたちの元へ飛び込んできた。
「……始まったか」
ガルドが低く呟く。その傍らには、馬車を預け、身軽な旅装へと着替えたシンジ、ミーシャ、フィリア、セシリアの姿があった。
広場の一角で地図を広げ、五人は急速に作戦を練り上げる。
「正面から行けば、敵の主力とぶつかる。……だが、俺はこう思うんだ」
シンジが地図の海沿いの道を指差した。
「正面の敵は『囮』かもしれない。海沿いから大きく迂回して、まずはバルディアを目指すべきだ。そこで魔物の本当の動きを偵察し、もし奴らが北へ向かっているなら、防衛線で足止めしている隙に、俺たちが後ろから強襲する。街に留まっているなら、隙を見て弱点を叩く……それがベストじゃないか?」
ガルドは驚いたようにシンジを見つめ、やがて不敵に口角を上げた。
「……面白い。ただの盗賊だと思っていたが、筋がいいな。よし、その案に乗ろう」
五人と選りすぐりの精鋭たちは、カルディアを南西へと発った。
街道を避け、険しい山道を越えて南下する強行軍。その途上、一行を襲う魔物たちがいたが、それはあの日バルディアを焼き尽くした軍勢とは、明らかに異なっていた。
「……はぁっ!」
シンジの短剣が、野良の魔物を一閃する。
魔物は霧のように消え、石畳の上に数枚のゴールドを遺した。
「……やっぱり、違うな」
シンジはゴールドを拾い上げ、その冷たい感触を確かめながら呟いた。
「ここにいる魔物は、ただ本能で動いている。……でも、バルディアを襲った奴らは違った。明らかに命令され、意志を持って動いていた」
「ああ、その通りだ」
ガルドが歩みを止めず、重々しく言葉を継ぐ。
「……お前さんたちは知っているか? 約300年前、この世界は魔物によって征服されようとしていた。だが、一人の勇者が現れ、世界は魔物と、それ以外の種族で『二分』されたんだ」
深い森の中、ガルドの声だけが低く響き渡る。
「勇者が存命の間は、その均衡は保たれていた。だが、彼が亡くなった後、少しずつ侵略が始まったんだ。……かつて人間たちが謳歌していた南の大陸は、今や完全に魔物の手に落ちている」
ミーシャが、新しく指に嵌まった『祈りの指輪』を見つめ、鋭い視線をガルドに向ける。
「……それが、今度はこの『レガリア島』にまで及んできた……ということ?」
「そうだ。海から現れたあの軍勢は、南の大陸から海を越えてきた『侵略軍』だ。レガリア王国も、ついにその最前線になったのさ」
ガルドの語る世界の真実。 シンジは、拾ったゴールドを強く握りしめた。
自分たちが戦っているのは、単なる化け物ではない。300年の均衡を破り、世界を飲み込もうとする巨大な『悪意』そのものなのだ。
「……勇者が遺した半分を、奪わせるわけにはいかない」
シンジの呟きは、山を抜ける風に消えたが、その瞳にはカルディアの灯火よりも熱い決意が宿っていた。




