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第5章:第112話:カルディアの灯火、戦士たちの休息

第5章:第112話:カルディアの灯火、戦士たちの休息



…雨はいつしか上がり、湿った夜風が広場を吹き抜けていく。


カルディアの中央広場は、今やバルディアから命からがら逃げ延びた人々で埋め尽くされていた。


石畳の上には、急造された野営用の天幕テントがいくつも立ち並び、炊き出しの大きな鍋を囲んで、街の人々が懸命に立ち働いている。



「……あ、あったかい……」


セシリアが、両手で包み込むように持った木皿のスープを、おずおずと口に運ぶ。

湯気が彼女の煤けた頬を白く包み込み、恐怖で凍りついていた表情を少しずつ解かしていった。


「……生き返るわね」


ミーシャもまた、馬車の荷台の縁に腰を下ろし、スープを啜る。


その隣では、フィリアが愛弓の弦を丁寧に拭きながら、不思議そうに周囲の喧騒を眺めていた。


シンジは、広場のざわめきを見渡しながら、自分の拳を見つめる。泥と返り血が混じり、乾いてこびりついたその感触が、あの死闘が現実であったことを無慈悲に突きつけていた。



「……よお。お前さんたちも、無事だったか」


低い、掠れた声が届く。 振り返れば、そこにはボロボロになった正規軍の青い外套を羽織り、肩に包帯を巻いたガルド隊長の姿があった。



「ガルド隊長……」


シンジが立ち上がろうとするが、ガルドはそれを制し、重い腰を下ろした。


「よしてくれ。今はただの、疲れ果てた男だ。……礼を言いに来た。お前さんたちのあの『賭け』がなければ、俺も、後ろの連中も、今頃は土の下だっただろう。……ありがとう、助かったよ」



ガルドの言葉には、騎士としての威厳を超えた、本物の謝意が宿っていた。

ミーシャがスープの残りを飲み干し、真剣な眼差しを向ける。


「……ガルド隊長。状況を整理させて。あなたたちは本来、どこの所属なの?」


ガルドは、苦い笑みを浮かべて頷いた。


「鋭いな、商人。……俺たちは、中央領の正規軍だ。普段はここから北にある防衛都市、『グランレガリア』に駐屯している。……そこは、首都マルシェリアの南の守りのかなめと呼ばれている場所だよ」


「グランレガリア……?」


フィリアが、その聞き慣れない響きに小首を傾げた。


「そこは、どんなところなんですか? 」


「巨大な石の砦だよ」


ガルドが、フィリアの無垢な問いに少しだけ表情を和らげて答える。


「俺たちは、近頃の魔物の不穏な動きを受け、命令でバルディアに急派された。……だが、予測を遥かに超えていた。奴らは……魔物の軍勢は、突然、海の方から現れた。防衛にあたっていた兵の半分以上が死んだ…」


「…不意を突かれ、街は一瞬で火の海だ。……だが、それでも、こうして多くの街の人を逃がすことができた。それは、俺たちの誇りだ」



そう言うと、ガルドは自らの指に嵌められていた『祈りの指輪』をゆっくりと抜き取った。 雨と血に汚れたその指輪を、彼はミーシャの手のひらへと、重々しく返した。


「……これを返そう。あんたの大切な『預かり物』だったな。……これがあったおかげで、俺の魔力も、部下たちの命も繋がった。……商人、助かったよ」


「……ええ。確かに受け取ったわ。無事で何よりよ、隊長」


ミーシャは指輪を受け取り、静かに頷いた。



「……今後のことだが。カルディアの街の南側に、新たな防衛線を構築することが決まった。俺の部下たちと、街の守備隊が協力してな。……朗報もある。グランレガリアから、さらに本格的な増援がこちらに向かっているそうだ。数日中には、反撃の態勢が整うだろう」


ガルドは立ち上がり、シンジの肩を強く一度だけ叩いた。


「……しばらくはこの街に留まり、身体を休めるがいい。本当に助かったよ」



ガルドが去った後、広場には再び、人々の啜り泣きと、微かな希望のざわめきだけが残された。 シンジは、空になった木皿を見つめ、静かに呟く。


「……海から、来たのか。あの黒い騎士も……」


温かいスープで満たされたはずの胃の奥が、どこか冷たく震えていた。


戦いは終わっていない。 カルディアの灯火の下で、四人は次なる嵐の気配を感じ取っていた――。

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