表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/125

第5章:第108話:血路の撤退、北西への咆哮

第5章:第108話:血路の撤退、北西への咆哮


石畳を叩く雨のような魔物の足音。


シンジの腕は、もはや自分の意思で動いているのか、それともただの反射なのか分からなくなっていた。短剣を振るうたびに走る鈍い痛み。


隣で弓を絞るフィリアの指先からは血が滲み、セシリアの祈りの声は、枯れて掠れた悲鳴に近いものへと変わっていた。


「……っ、ハァ、ハァ……! ミーシャ、まだか……ッ!?」


シンジが魔物の首を蹴り飛ばし、背後のミーシャへ叫ぶ。 だが、その叫びをかき消すような、野太い怒号が広場に響き渡った。



「――全軍、撤退だッ!! 陣を畳めッ!!」


声の主は、ボロボロになった青い外套を翻す、正規軍の指揮官の声だった。


「これ以上の維持は不可能だ! 負傷者を中央へ! 北西、カルディアを目指して引くぞッ!!」


「……っ、バルディアを捨てるっていうの!?」


セシリアが、避難民を庇いながら悲鳴を上げる。 だが、ミーシャの瞳は冷徹なまでに戦場を捉えていた。

彼女は指揮官と一瞬だけ視線を交わす。言葉はなくとも、その瞳の奥にある『生き残れ』という戦士の誓いを、彼女は確かに受け取った。


「シンジ! フィリア! セシリアッ!! 馬車へ戻るわよ! 私たちが殿しんがりを務める正規軍の横を固めるわッ!!」


ミーシャの鋭い号令に、四人は弾かれたように走り出した。 背後からは、獲物を逃がすまいとする魔物たちの、地を這うような咆哮が迫る。


「させるかよ……ッ! 『砂けむり』!」


シンジが最後の一掻きで砂を巻き上げ、魔物の視界を奪う。その隙に、四人は残してきた馬車へと飛び乗った。

幸いにも、馬車はまだ無事だった。積み込まれた大量の武器と食料が、激しい揺れと共に音を立てる。


「……合流するわよ! 遅れないでッ!!」


ミーシャが手綱を荒々しく引く。馬車は正規軍の退却列の側面へと滑り込み、血路を切り開くための巨大な楔となった。


右には、必死に剣を振るい続ける兵士たちの列。 左には、家を、財産を、そして家族を失い、ただ泣きながら歩く民たちの列。



シンジは、馬車の荷台から燃え盛るバルディアを振り返った。 夕闇に染まり始めた空を、黒煙がどこまでも汚していく。


「……カルディア、か」


その街に何が待っているのか、今はまだ分からない。


潮騒の消えた街を背に、四人の、そしてバルディアの生き残りたちの、命を懸けた北西への逃避行が始まった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ