第5章:第106話:夜の爆弾発言、燃える港町
第5章:第106話:夜の爆弾発言、燃える港町
潮騒の聞こえる脇道の傍ら。焚き火の爆ぜる音が、夜の静寂を優しく埋めていた。
「……ふぅ。でも、あの大きなカニの魔物……すっごく堅かったわね」
ミーシャがスープの器を片手に、昼間の戦いを振り返る。
「そうね。あんなにずっと守備力をアップする魔法を唱え続けるなんて……驚きました。」
フィリアも同意し、銀髪を揺らしながら夜空を見上げた。
その時、大鍋で料理をかき混ぜていたセシリアが、ぼそりと、けれど熱を帯びた声で呟いた。
「……すっごく、固くて……大きくてぇ……っ」
「「「………………えっ?」」」
焚き火を囲んでいた三人の動きが、一斉に止まった。
パチリ、と薪が爆ぜる音だけが虚空に響く。
「……セシリア、あんた……今、何て言ったの?」
ミーシャが引きつった笑顔で問い返す。
「ひゃ、ひゃわわわぁっ!? い、いや……そ、それは……! か、固くて……お、大きい……カニのことですぅ……!!」
セシリアは顔を林檎のように真っ赤にし、お玉をブンブンと振り回しながら必死に叫んだ。
「……そう、だよな。カニ、だよな」
シンジは、自分の心臓が変な跳ね方をしたのを誤魔化すように、必死にスープを啜る。
フィリアもようやく事の次第を察したのか、耳まで赤く染めて視線を泳がせていた。
だが、そこでミーシャがニヤニヤとした、いかにも『楽しんでいる』笑みを浮かべ、シンジをじっと見つめながら言い放った。
「……セシリア。あんた、そういうことは心の中で言いなさい。ここには年頃の娘も……ましてや、『固くて大きいモノ』を持った男が居るかもしれないのよ?」
「お……おいッ!!」
シンジが思わず立ち上がり、顔を真っ赤にしてツッコミを入れる。
「あ、あうぅ……っ。ごめんなさい……反省してますぅ……」
セシリアはお玉を握りしめたまま、小さくなって震え、反省の色を見せていた。
翌朝。
四人を乗せた馬車は、再び港町バルディアを目指して走り出した。 だが、運命は悪戯に、再び『それ』を彼らの前に突きつける。
「……出たわね、巨大ガニ!」
ミーシャの警告と同時に、道を防ぐように現れた大蟹の魔物。
「セシリア、昨日みたいに……っ!」
シンジの言葉が終わるより早く、セシリアが杖を強く握りしめた。
「か、固いの……はぁはぁ……固くて、大きいのぉ……ッ!!」
「セシリア、その言い方やめろぉぉッ!!」
シンジの叫びも虚しく、セシリアは上気した顔で、どこか恍惚とした吐息を漏らしながら魔法を唱え続ける。
昨夜の妄想が抜けきっていないのか、彼女の放つ『守備力を下げる魔法』は、奇妙な熱量を帯びて大蟹の甲羅を脆く崩していった。
バトルの後、魔物が落としたゴールドを拾い集め、馬車はさらに東へと進む。
やがて、海を見下ろす丘の頂に差し掛かった時。 潮の香りとは違う、鼻を突く『異臭』が風に乗って流れてきた。
「……っ、何、この匂い」
ミーシャが鼻を顰め、馬車を止める。 シンジが丘の下を見下ろした瞬間、言葉を失った。
視線の先、美しいはずの港町バルディアから、幾筋もの黒い煙が空高く立ち上っていた。
「……燃えてる……?」
フィリアが呆然と呟く。 焼ける匂い、そして遠くから聞こえてくる、平穏とは程遠い喧騒と怒号。
「ミーシャ、出してくれ! 急ごう!」
シンジの鋭い声に、ミーシャが手綱を強く引く。
ガタゴトと、昨日よりもさらに激しく揺れる馬車。 だが、もはやセシリアの揺れを堪能する余裕など、誰一人として残っていなかった。
バルディアで一体何が起きているのか。
シンジは、昨日の魔物が持っていたナイフの感触を、胸の中で思い返していた――。




