第1章:第10話:盗賊の誓い、そして新たなる一歩
第1章:第10話:盗賊の誓い、そして新たなる一歩
村の北外れにある古い石造りの教会へ向けて、俺たちは朝の澄んだ空気の中を歩いていた。
「いい、シンジ? よく聞いて。これ、すごく大事なことだから」
隣を歩くミーシャが、いつになく真剣な表情で俺を見つめる。
「この世界のルールでは、一度ついた『職』は、その道でレベルが20を超えないと別の職へは変えられないの。……実は私もね、元々は『武闘家』だったんだけど、レベル24の時に今の『商人』に転職したのよ」
「ミーシャが、武闘家……」
意外な過去に驚く俺を余所に、彼女は話を続ける。
「転職すれば身体能力は一時的に半分近くまで落ちるわ。……シンジみたいな『旅人』はね、レベルが上がれば身体能力もそれなりには上がっていくけど、普通のジョブに比べればその伸びはかなり低いの。おまけに固有の技も魔法も一切覚えられない……。いわば、何者でもない真っ白な状態。でもね、その代わり旅人に限っては、レベル20を待たずいつでも新しい器を選べる特権があるの。……今の万能感を捨てて、特定の道に絞る覚悟、できてる?」
「身体能力が、半分に……」
「そうよ。今まで積み上げた力が削られるのは、怖いこと。……でもねシンジ、それは新しい自分を刻むための『空白』を作るってことでもあるの」
ミーシャの言葉を噛み締めながら、俺たちは教会の重厚な扉を押し開けた。そこには、神殿から派遣されてきたという、厳かな空気を纏った老神官が待っていた。
「……ほう、旅人か。己の職を持たず、ただ世界を漂う魂よ。そなた、これより何者として生きることを望むか?」
神官の瞳が、俺の魂の奥底を見透かすように光る。隣で見守るミーシャが、祈るように胸元で手を握りしめているのがわかった。
俺は一歩前へ出た。十数年も履歴書に書いてきた「営業」という文字。それは他人に与えられた役割だった。でも、今は違う。自分の指先が何を求めているのか、心が誰を助けたいと叫んでいるのか、もう分かっている。
「……『盗賊』をお願いします」
その声は、驚くほど静かに、けれど力強く響いた。神官は少し意外そうに眉を動かす。
「盗賊か。戦士のような華々しさも、僧侶のような慈愛も持たぬ、影を歩む職だぞ? それでも良いのか」
「はい。……俺には、守りたい相棒がいます。彼女が商う道を拓き、誰よりも早く危険を察知し、この手で活路を造る。……影から支えるその生き方が、今の俺には一番誇らしいと思えるんです」
ミーシャが「……っ」と小さく息を呑む。神官は満足げに深く頷くと、持っていた錫杖を俺の頭上にかざした。
「良かろう。汝の志、確かに受け取った。……古の理に従い、汝のこれまでの経験を糧とし、新たな器へと作り変えん!」
カァッ……!!
教会のステンドグラスを突き抜けるような、眩い白光が俺を包み込む。 「旅人」としての経験が一度リセットされ、代わりに、指先に鋭敏な感覚が、足首にバネのようなしなやかさが、そして脳内に「罠」や「鍵」の構造を見抜くための未知の回路が組み込まれていく。
光が収まったとき、俺は自分の手を見つめた。 レベルは1に戻った。ミーシャが言った通り、身体の奥にあった万能感は半分ほどに削られ、確かな「重み」を感じる。旅人の時より成長のポテンシャルは上がったはずだが、今はまだ、生まれたての雛のような心許なさだ。だが、その瞳に迷いはない。
「……シンジ、大丈夫? 顔色が……」
駆け寄るミーシャに、俺はこれまでにない晴れやかな笑みを向けた。
「ああ。……今、分かったよ。レベル1になるっていうのは、単に弱くなることじゃない。……新しい自分を、もっと高く、もっと強く積み上げるための準備なんだな」
その後、村の道具屋で新しく装備を整えた。腰には盗賊の証である細身のナイフと、鍵開けの道具袋。
「ふふ、よく似合ってるわよ。私の最高の『相棒』さん?」
ミーシャがからかうように、けれど嬉しそうに微笑む。 二人の旅は、ここから本当の意味で「パーティ」として動き出す。




