第4章:第98話:朝の静寂と乙女たちの戦果
第4章:第98話:朝の静寂と乙女たちの戦果
サカデウスの朝は、昨夜の狂騒が嘘のように穏やかな光に包まれていた。
石畳を照らす朝日は柔らかく、街のあちこちから朝食の支度をする煙が立ち上っている。
冒険者ギルドが用意してくれた宿屋『双剣の休息亭』の一角で、シンジは深い溜息と共に、遅すぎる朝食のスープを口に運んでいた。
「……うう、飲みすぎた……」
頭の芯に、昨夜煽ったエールの残響が微かに疼く。
シンジは重い瞼を擦りながら、宿の窓から外の様子を眺めた。
そこには、朝から既に一仕事終えた様子のミーシャがいた。
彼女は一人で、昨夜のうちにまとめた大量のゴールドや、あの赤いトロルから得た懸賞金を、街の預かり所へと運び終えたところだった。
それだけではない。馬車の荷台には、サカデウスの名産品である干し肉や香辛料、そして旅の保存食が、整然と積み込まれている。
「……あっ、おはよう……」
戻ってきたミーシャに対し、シンジは済まなそうに、消え入るような声で挨拶をした。
自分だけが寝坊し、二日酔いでぼんやりしていることへの、隠しきれない申し訳なさがその表情に滲んでいる。
「あら、ようやく起きたの? 英雄様にしては、随分とだらしない寝顔だったわよ」
「……悪かったよ。手伝おうと思ってたんだが……」
「いいわよ、今日ぐらいは許してあげる。昨日はあんたが一番頑張ったんだからね。……たまには、女に甘えることも覚えなさいよ」
そう言って快活に笑うミーシャの瞳には、いつもの鋭さとは違う、仲間への深い信頼と慈しみが宿っていた。
「……そういえば。フィリアとセシリアは? 姿が見えないけど」
シンジの問いに、ミーシャは馬車の幌を整えながら答えた。
「あの二人なら、朝から街へ買い物に出かけたわよ。……『女の子同士で行きたいところがある』んですって」
その頃、サカデウスのメインストリートは、活気に満ち溢れていた。
「わあ……っ、フィリアさん! 見てください、あの屋台! 焼きたてのパイがとってもいい匂いです!」
「……本当ですね。セシリアさん、一つ食べてみましょうか」
フィリアとセシリアの二人は、弾んだ声を上げながら街を歩いていた。
その姿は、道行く人々の目を釘付けにしていた。
幼さの残る可憐な顔立ちに、装備を押し上げるような豊かな胸の曲線。
そして、旅人の帽子の脇からひょこっと覗くエルフ特有の尖った耳。
街の人々は、救世主である彼女たちへの敬意と、そのあまりにもアンバランスで魅力的な容姿への好奇心から、思わず足を止めて見惚れていた。
だが、当の本人たちはそんな視線も気にせず、屋台で買い食いを楽しんだり、露店の前で並ぶ商品を吟味したりと、束の間の休息を謳歌していた。
「……ふふ、セシリアさん。あの『あぶない水着』のショック、少しは和らぎましたか?」
「ふぇっ!? ……フィ、フィリアさん、その話は……っ、もう思い出させないでくださいぃ……」
セシリアが真っ赤になって慌てる姿を見て、フィリアは悪戯っぽく微笑んだ。
しかし、そんな楽しい時間の中でも、二人の目は鋭く、目的の場所を見定めていた。 彼女たちが最後に訪れたのは、大通りに面した活気ある露店の道具屋だった。
「ただいま戻りました、シンジさん、ミーシャさん!」
昼過ぎ、両手に重そうな荷物を抱えたフィリアとセシリアが、馬車へと帰ってきた。
「どうだった? 良い買い物はできた?」
ミーシャの問いに、二人は顔を見合わせて力強く頷いた。
「はい、ありましたよ、ミーシャさん! ……今の私たちに、必要なものが」
二人が荷台に広げたのは、単なるお土産ではなかった。
そこには、命の石が四個。万が一の事態から魂を守る、冒険者の守護石だ。
さらに、厳選された上質の薬草。 そして、鈍い光を放つ三つの魔導具が並んでいた。
ミーシャがそれらを満足げに見つめ、流れるような動作で手に取った。
「……やるじゃない、二人とも。最高のチョイスよ」
ミーシャはまず、青い宝石が埋め込まれたはやてのリングと、清浄な音色を奏でるまよけの鈴をセシリアへと差し出した。
「セシリア、あんたにはこれ。素早さを上げて、魔物からの呪いを退けるの。……私たちの生命線なんだから、絶対に死なないでよ」
「……はい! 大切に使います、ミーシャさん!」
そして、ミーシャは最後の一つ。
力強い金細工が施されたちからの指輪を、シンジの目の前に突き出した。
「そしてシンジ。……あんたには、これよ」
「……いいのか? 」
「当たり前でしょ。あんたの一撃が重くなれば、それだけ私たちが楽になるんだから。……投資よ、投資」
ミーシャはイタズラっぽく、でもどこか真剣な眼差しで、シンジの目を見つめて言った。
「さあ、いつまでも眺めてないで。……ほら、装備して!」
シンジは頷き、その指輪を力強く自分の指へと嵌めた。
指先から全身へと、不思議な力が漲っていく。昨夜の酒の気だるさは、もうどこにもなかった。
新しい装備の重み、仲間の想いの温かさ。
「……よし。行こうか」
四人の絆は、昨日の死闘を経て、さらに強固なものへと進化していた。 サカデウスの門を背に、新たな旅路へと向かう馬車の轍が、朝の光の中に刻まれていった。




