第4章:第95話:凱歌の残響と重き帰還
第4章:第95話:凱歌の残響と重き帰還
「……はぁ、はぁ……っ、終わった、のか……?」
シンジの掠れた声が、砂塵の舞う広間に落ちた。
目の前では、先ほどまで圧倒的な暴力で四人を蹂躙していた赤いトロルの巨躯が、断末魔の叫びを上げる間もなく、膝から崩れ落ちていた。
ズゥゥゥゥゥゥンッ!!
地響きと共にその重みが石畳を粉々に粉砕し、直後、信じられない光景が広がる。
トロルの肉体が、境界線から滲むようにして淡い光の粒子へと変わり、すぅぅーっ……と、この世界から溶け出すように消滅していったのだ。
その虚空に、チャリーン、チャチャリンッ……と、心地よい金属音が響き渡る。
戦利品のゴールド。そしてその中央には、重厚な装飾が施された一つの宝箱が、静かに鎮座していた。
静まり返った広間で、四人は互いの顔を見合わせた。
血に汚れ、装備はボロボロ。
だが、その瞳には確かに『生』の光が宿っている。
「……よしッ!!」
「やったぁぁぁぁぁッ!! やったわ、私たち勝ったのよ!!」
シンジの拳が空を突き刺し、ミーシャがボロボロの体で跳ねるように叫んだ。極限まで張り詰めていた死の恐怖が、歓喜の爆発となって、砦の奥深くに木霊する。
パァーン♪ パパパーン♪
その瞬間、天から降り注ぐような、黄金のラッパの響きが広間に轟いた。
それはあまりにも澄み渡り、死線を越えた戦士を称える、重厚で輝かしいファンファーレ。
(レベルアップ……。ああ、上がったんだな……)
シンジは目を閉じ、全身を駆け巡る熱い光の奔流を静かに受け入れた。
削り取られた筋繊維が、枯渇しかけた魔力の回路が、新たな次元へと引き上げられていく。
劇的な変化を劇的に捉えるのではなく、ただその確かな手応えを、噛み締めるように自分の中へと染み込ませていく。死闘の代償として得た、確固たる強さの証明だった。
「聖なる癒やしを……っ」
「精霊の、光よ……」
セシリアとフィリアが、ボロボロになった仲間たちのために最後の力を振り絞る。
淡い光の粒子が傷口を包み込み、出血を止めるが、それと同時に二人は杖を支えに崩れ落ちた。
「……ダメ、MPが……完全に、空っぽ……」
セシリアが青ざめた顔で力なく笑う。
魔法の源を最後の一滴まで使い果たした、魂が削れるような虚脱感。それでも、その表情には晴れやかな安堵が浮かんでいた。
シンジは重い足取りで二人の元へ歩み寄り、腰のポーチから数枚の薬草を取り出した。
「無理するな。あとはこれしかないけど……」
シンジは無造作にその薬草を口に放り込み、奥歯で強く咀嚼した。
バリ、ボリ……。
鼻に抜ける強烈な苦み。舌を焼くような野草の青臭さ。咀嚼するたびに溢れる濃緑の汁が、傷ついた喉を通って胃へと落ちていく。
その「最悪の味」こそが、今自分が生きているという何よりの、生々しい手応えだった。
「……さて。待たせたな」
苦みを飲み下し、シンジは目の前の宝箱へと手をかける。だが、その指先にはもう、蓋を押し上げる力すら残っていない。
中身を確認し、勝利に浸る……そんな当たり前の動作に必要な気力さえ、今の彼らには残されていなかった。
「……今は、いい。まずは戻ろう。あいつらが待ってる場所に……」
シンジは重厚な宝箱を、壊れ物を扱うように、しかし力強く抱きかかえた。
ずっしりと腕に食い込むその重みは、自分たちが勝ち取った勝利の重みそのものだった。
ボロボロの体を引きずり、四人は一歩ずつ、来た道を戻り始める。
暗い通路の先には、神父と、彼らが救い出した三人の冒険者が待つ回復ポイントがある。
足を引きずり、互いの肩を貸し合いながら、シンジは薬草の残る苦味と共に、確かな帰還への路を歩み出した。




