第1章:第9話:朝凪(あさなぎ)の問いかけ
第1章:第9話:朝凪の問いかけ
宿屋の簡素なベッドの上で、真司は天井の木目を見つめていた。 窓の外からは時折、夜警の規則正しい足音と、遠くの森で魔物が上げる寂しげな咆哮が聞こえてくる。
(なりたい職業……。戦士になって、剣で道を切り開くのか? それとも魔法使いになって、人智を超えた力を操るのか……)
かつての自分なら、迷わず「安定」や「体面」、あるいは「周囲からの見え方」を選んでいただろう。けれど、今の俺は女神に与えられたしなやかな身体と、何者にも縛られない自由な魂を持っている。 考えれば考えるほど、無数の選択肢が暗闇の中に溶け、答えは形をなさずに消えていった。
翌朝。 宿の食堂には、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、出発を急ぐ旅人たちの熱い活気が満ちていた。 向かい合わせに座るミーシャは、朝から太陽のような元気さで、瑞々しいサラダを頬張っている。
「どうしたのシンジ、隈ができてるわよ? さては、転身のことで一晩中悩んでたわね?」
図星を刺され、真司は苦笑いしながらスープを一口飲んだ。そして、昨夜からずっと胸の奥に支えていた問いを、真っ直ぐに彼女へ投げかけた。
「……ミーシャ。一つ、聞いていいか?」
「なによ、改まって。借金の申し込みなら、たとえ相棒でも利息は高いわよ?」
「違うよ。……今のミーシャにとって、俺が何の職業になったら一番助かるのかな、と思って。……俺、自分が何になりたいかより、あんたの『相棒』として、一番役に立ちたいんだ」
ミーシャのフォークが、ピタリと止まった。 彼女は驚いたように目を見開き、それから少しだけ耳たぶまで赤らめて、不自然に視線を泳がせた。
「……バカね、シンジ。あんたの人生なんだから、あんたが好きに選べばいいじゃない。私の都合なんて二の次よ」
「そうかもしれないけど……俺を拾ってくれたのはあんたで、俺が今ここで呼吸をしていられるのはあんたのおかげだから。商人のミーシャが、今、一番求めている『力』って何かなって。それを知りたいんだ」
食堂の喧騒が、一瞬だけ遠のいた気がした。 ミーシャは真剣な表情で、少しの間、自分の中の「商人の魂」と向き合い……それから、いたずらっぽく、けれど真剣な光を瞳に宿して、真っ直ぐに俺を見つめ返した。
「……そうね。商売を広げるなら、荷物を守る腕力も、未知の品を鑑定する目も、怪我を治す魔法も、全部欲しい。欲張りなのが商人だもの」
彼女はそこで言葉を切り、テーブルの傍らに立てかけられた、昨日真司が自分で補強した『木の盾』に視線を落とした。
「でも、シンジ。……あんたのその『器用な指先』と、無から有を幻視するような『想像力』。それを一番活かせる職業が、もしかしたらこの世界にあるかもしれないわよ?」
ミーシャは最後の一口をパクりと食べ終えると、パンパンと手を叩いて立ち上がった。
「さあ、そうと決まれば早く行きましょ! 神官様に何て言われるか、私も楽しみで仕方ないんだから! もしあんたが凄いジョブに就いたら、私、便乗して大儲けしちゃうんだからね!」
そう言って不敵に笑うミーシャの顔は、昨夜よりもずっと晴れやかだった。




