第5話 工藤神風はアイドルになりたい
アイドルになりたい理由と大人
「……颯、今、時間あるか」
「ん、山宮社長との話し合い、終わったのか。お疲れ、明さん」
午後6時30分。
工藤家居間にて、颯──本名、神谷颯 ──と明仁は合流を果たしていた。颯は結佳と弓弦を結佳の居室へ送り、遅いお昼寝タイムに入った神風を洗濯の手伝いを終えた彗月に押しつけた後だった。明仁は春人との話し合いを終えて戻ってきたところだった。
颯の言葉にその場に一瞬の沈黙が流れる。
「……山宮社長、納得したか?」
「一応な」
「一応かよ」
「生活能力並びに自己管理能力、コミュニケーション能力を身に付けるためにはシェアハウスでの生活が必要だとスライド付きで説明したらようやく、納得した」
「あんたらしい、説得の仕方だな」
「どうも」
明仁は居間の端に既に陣取っていた自身スペースに座り、息をつく。この家では共有スペースは自身の居場所を陣取っておかなければ、スペースがなくなる。ので、妥当な行動である。家主として。
「……神風はどうだ。行けそうか」
明仁の問いに颯はテーブルの上でイジっていたスマホをポケットに仕舞いながら、返答を数秒考えた。返答はすぐに出た。
「歌は歌わせると上手いんだけどな、ダンスがな」
「ああ……あの致命的に下手なダンスか」
「あれ、どうにかしないとアイドルにはなれないだろ。いや、へにゃへにゃボックスステップはめっちゃネットで流行ったけど、アイドルとしてはダメだろ、あれは」
颯は思い出す。数ヶ月前に気の迷いでネットに載せた幼児のへにゃへにゃボックスステップ練習動画。芸能界で単独ライブを成功させるほどに才能有り余るアイドル、颯からすれば、その姿はあまりにもアイドルとして絶望的だった。本当に絶望的だった。自分がその場で教えても変わらないへにゃへにゃ具合だったのだから。
だが、その動画は有り得ないほど再生され、日本中で有名になってしまった。
「愛される才能はあるのにアイドルの才能があの年齢で微塵も見えないのは凄いな」
「うん、いや、まあ、まだ、これから大分時間あるから伸びてくる可能性はあるけど、現状のあの身体の硬さとあのへにゃへにゃ具合だとな」
工藤家家主と工藤家最年長現役アイドルは揃って、溜息をつく。親子並みにタイミングも溜息の時間もぴったりなのがこの2人であった。
「「オレはアイドルになりたい。アイドルになって、かぞくをみかえしたい」か。動機が動機じゃなければ、良かったんだがな」
「俺と同じようにはなってほしくない、本当に」
颯は苦笑いを浮かべた。そして、視線を明仁に向けようとして気付く。若干、明仁の気配が不機嫌そうなものになっていることに。
「それは俺への当てつけか、颯。見返させる選択肢を与えた俺への当てつけか?」
神風が初めて、工藤家へやってきた日。神風は明仁を真っ直ぐに見て、言った。「オレはアイドルになりたい。アイドルになって、かぞくをみかえしたい」と。
明仁もその場に居合わせた颯も本人に何度も確認した。意思を、理由を、動機を。だが、彼の意思は、理由は、動機は一切揺るがなかった。
どうしようにもないほどに、神風の意思は固かった。
「そういうわけじゃないから。俺は神谷家を見返して、そこから離れるのが目的だから。でも、神風は違うだろ。家族が誰かだって分からない。だから、俺みたいに家から離れるっていうのが動機になってほしくないってこと」
「……分かってる。ただの冗談だ」
「冗談に聞こえねぇよ、明さん」
いくら平和ボケしている日本国内とて、「普通はアイドルになりたい」と1人で来て言う幼児を引き取るはずがない。だが、工藤家は都合が良すぎるくらいに訳ありのアイドル達が集まる家だった。
つまり、アイドルを望む幼児でさえも工藤家の庇護下に入ってしまったのだ。
「まあ、何はともあれ、どうしても神風がアイドルになりたいって言うのなら、俺らはあいつをアイドルにするしかないだろ」
颯は畳の上に寝転がり、自身の頭の場所から少し離れた場所で自身の方を見ている明仁に目をやる。
明仁は颯と視線があった途端、視線を颯から外した。
「なあ、元アイドル「あきひと」。それが今の俺らが精一杯できることだろ」
颯の言葉に明仁は何も言葉を返すことができなかった。
「なあ、神風。お前、今もアイドルなりたいか?」
「なりたい」
「どんなアイドルになりたい?」
「どんな」
「そう。どんな」
「…………くどうかみや」
「ん?」
「オレはアイドルになりたい。アイドルはくどうかみやだから、オレはくどうかみやになりたい」
「……神風のアイドル像は哲学的アイドル像だな、颯」
「いや、ホント、まじか」
大人は悩む。
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