66話 今じゃないでしょ
「なんか気だるいなぁ」
「気合いが入ってないんですのよ」
「ばあちゃんに気合い入れてもらう?」
シンが体育館に入りながら言うと
リンとポーが呆れながら笑う
相手選手はまだいないが
観客席は半分くらい埋まっていて
人の話す声で賑わっている
シンとリンはポーと別れて
コートに走って行くと
体育館の壁側にいた開法学院バレー部員達が
コートに集まってくる
開法学院バレー部は
試合前の練習できる時間の為に
モク監督をはじめとして
全員が準備を始める
モク監督がネット際に置いた台座の上に立ち
ボールを反対側のコートで構えている選手に
打ち込んでいく
何度か同じ事を繰り返した後
「では次!雷姫!双璧!」
リン、アヤノ、サリは
ハイ!と返事をしながら準備する
反対のコートではクナが腰を低くして
左右にリズム良く揺れている
モク監督が軽く投げたボールを
リン、アヤノ、サリが順に打ち込んで
クナがボールをレシーブで受ける
「次!蠍!」
モク監督が言うと
クナと交代したシンがコート中央で
クナと同じような構えを取り
左右に揺れるが、リズムがおかしい
左右に揺れるたびに
どちらかに振られるというか
重心が揺れている
シンは機嫌が悪そうな顔をしながら
いつも通りにやろうとするが上手くいかない
やっぱり体調が悪いんだろうか
体が重いし、なんか気だるいような
そんな事を思っていると
ボールを持ったまま
止まっているモク監督と
リン、アヤノ、サリがシンをジッと見ていた
視線はシンの左右にある何かを
見ているような動きで視線が揺れている
シンは視線を追って、右後ろを見て
怪訝そうにリン、アヤノ、サリを見て
左後ろを見て、首を傾げながら
モク監督の方を見る
「なに?なんです?」
「いや‥‥いいのか?」
「まぁ?いいですけど?」
シンの疑問、モク監督の疑問、シンの疑問と
疑問のキャッチボールが行われる
観客席はなんだろうかと静かになっていき
少しだけ笑い声も聞こえる
「なら‥‥まぁ」
「え?あっハイ」
気の抜けたやり取りの後に
モク監督がボールを軽く投げる
リン、アヤノ、サリはシンの髪の毛から
左右に2匹ずつ生えている蛇を見ていた
おそらくはシンの背中にある
団子状に結ばれた4つの髪の毛の部分から
1匹ずつ右、左と交互に出て
コチラを見ているんだろう
シンが体ごと揺れているので
髪の毛も揺れているのに
蛇の頭は揺れずにコチラをジッと見て
時折、シャーと鳴いているのか舌を出して
気分良くしている
観客席からは
可愛いわねとか、あんなのも始めたのとか
今年の蠍ちゃんはスゴいのねとかが
小声で聞こえてきて、笑い声も聞こえる
シンとモク監督のやり取りの後に
ボールが軽く投げられたので
リンは少し躊躇いながら
いつも通りに打ち込む
シンはボールと接触すると
いつも通りに後ろへと飛んで一回転するが
着地の時に勢い余って、立ち上がり
後ろへとよろけて、髪の毛を尻の下にして
座り込む
座り込まれた髪の毛から生えていた蛇が
クエッ!と悲鳴をあげた後に
シンに抗議していた
シンは、えっ?なんで?といった感じで
蛇と会話していた
リン、アヤノ、サリ、クナ、モク監督
それを見ていたバレー部員は
呆気に取られた後に
観客席と同じタイミングで笑い出した
「なに?アンタ達!なんで‥‥ちょ!
わかったわよ、ごめんって‥‥というか
なんでいんのよ!」
抗議してくる蛇がシンの額を突いてきたので
シンは反射的に謝るが
真面目にわからないので
蛇達に対して叫んだ
その時
ドバンッ!
重たい体育館のドアが勢いよく開けられる
そこに立っていたのは瓜二つの女性が2人
片方は笑いを堪えながら
もう片方は怒りに満ちた表情で
シンを見ていた
瓜二つと言っても
2人には明確な違いがあった
笑いを堪えている女性は
ドレッドヘアーの髪の毛が蛇の様になっていて
ウネウネと動いているのに対して
怒りに満ちた表情をしている女性の髪は
真っ直ぐのストレートで真っ赤な表情
そして、真っ赤な目を紅く光らせながら
シンの髪から出ている蛇を睨んでいた
笑いを堪えきれずにブフッ!と吹き出しながら
周りに頭を下げて歩き出す女性と
もう1人の女性は
シンの方を真っ赤になって睨みながら
ズカズカと歩き出した
怒っている女性は
座り込んでいるシンの前まで来ると
腕組みをして見下ろす様にして
シンというか、シンの髪から出ている蛇達を
睨んでいた
「えっと‥‥この子達を引き取りに?」
腕組みをして黙っている女性に
シンは話しかけるが返答は無い
その代わりに髪から生えていた蛇達が
シンの首に巻きついたり、頭頂部に移動して
抗議する様にシャーシャーと鳴き始めた
「アンタ達‥‥今は‥‥
ちょっと!そんな事!言ったら!」
「へぇ〜、本当にわかるのね
スゴいわね、シンちゃん」
笑っていた女性が
蛇達に喋っているシンをマジマジと見ながら
ニンマリと笑った
シンは頭や首にいる蛇の頭を押さえつけるのと
目の前の女性から目を逸らそうと
必死になっていたが
どちらも上手くいなかった
「そうね‥‥アンタ達は若い子が好きだもんね
そういう事よね」
腕組みをする女性が呟くと
抗議する蛇達が
さらにシャーシャーと鳴き始めると
笑っていた女性は涙目で我慢したが
さらに蛇達がシャーと言った事により
膝から崩れ落ちて、吹き出して盛大に笑う
「えっ?私の匂い?思い出して?
保健室のシーツを持って?
夜‥‥ベットにある?足をパタパタ?
蠍ちゃんのぬいぐるみ達を‥‥独り占め」
シンが蛇達の言っていた事を
ブツブツと代弁して言うと
盛大に笑っていた女性は咳き込みながら
駄目!駄目よ!シンちゃん!
夢見る少女の秘密なんだから!と
途切れ途切れに言う
腕組みをしていた女性は
プルプルと震えながら下を向いて
深呼吸をしていたが
バッと顔を上げると結界が破綻した
シンが呆気に取られていると
目の前の女性は両手を広げて立っており
指と指の間には
シンに巻き付いていた蛇達を含めた
8匹の蛇達が捕まっていた
蛇達は
ヤベ!やりすぎてもうた!ってな感じで
指の間から逃げようと、もがき始めるが
ガッチリと掴まれて逃げ出せなかった
その間に段々と手は閉じられていく
「ウチの‥‥バラしよってからに
アンタらの行動で
‥‥オカン達にはもうバレバレやし
それにもう‥‥こないなってもうたらなぁ!
こないな事したら‥‥どないなるんか!
今日という今日は!教えたるわ!」
シンは紅く光らせながら叫ぶ女性の目から
視線を逸せなくなり、息が止まり
横に倒れそうになるのを手をついて
なんとか耐えるも、視線だけは
ずっと女性の紅く光る目から離れなかった
その時にシンが見た光景は
蛇達が苦しそうにジタバタともがくも
女性の手が一気に閉じられた
8匹の蛇達の胴体部分が決して
そう決して蛇が曲がってはいけない
なってはいけない角度と方向へと曲がり
ヘナっと脱力する光景だった
「アンタもおったんか」
シンの頭の上で
小さな蛇が涙目でガタガタと震えながら
女性2人に必死にピーピーと訴えていた
脱力した蛇達を掴んだ女性は
目をさらに紅く光らせながら
1歩踏み出すと
目の光がいきなり消えて座り込んだ
「はい、ここまでね!」
シンは緊張が解けて
ゼーハーと荒い呼吸を繰り返した
頭に乗っている小さな蛇もゼーハーと
荒い呼吸を繰り返し安堵していた
目が紅く光っていた女性が
いきなり座り込んだ理由は
笑っていた女性の頭から伸びた蛇が
座り込んだ女性の頭を咬んでいた為だと
シンは思いながら息を整えようとしていた
「シン!大丈夫ですの!」
「どうなってんの」
「シン?」
「シン!ヤダ!駄目!」
リン、アヤノ、サリ、クナが
駆け寄りながら声をかけてきたので
シンは荒い息をしながら声の方を向くと
ポーが腕組みをして立っていた
「またなんだね‥‥シン‥‥
しないって約束だったよね」
「は?‥‥え?‥‥なに?」
「破ったよね?約束‥‥
私達はね、こうなったらもう駄目なんだよ」
「え‥‥いや!」
息も絶え絶えに嫌がるシンを
部活終わりであろうポーが
両腕を広げて抱きしめる
いい匂いと強烈な匂い
ぬるま湯と熱湯を交互に味わう刺激を
シンは肺に受け
ポーに抱きつかれながら
フッーーフッーーっと息を荒げた
「この子達を保健室に連れて行ったら
すぐに結界を直しにくるから
ちょっと待ってて、モクちゃん」
「ハイ!承知しました!」
笑ってた女性が言うとモク監督が
背筋を伸ばして返事する
座り込んで意識の無い女性を担ぎ上げると
ポーにシンを保健室に連れて行く様に言って
入ってきた体育館の入り口へと向くが
何かを思い出した様にモク監督の方に振り返る
「迷惑かけたのは私達だから
こんな言い方はないと思うんだけどね
シンちゃんが抜けただけで
負けたら承知しないわよ」
「ハイ!承知しました!」
背筋を伸ばしたままのモク監督は
目が暗く怪しく光っている女性に敬礼した
ちなみに小さな蛇は
シンがポーに抱きつかれる前に
ちゃっかり逃げ出して
駄目な方向に曲がってしまった
息も絶え絶えの蛇達に
話が違うんですけど!と
尻尾の先をペシペシとしながら怒っていた




