52話 逃げ場は無い
「さっぶ〜〜」
シンはジャージにドテラを着て
カップラーメンと箸を片手に
寮の廊下を歩いている
廊下の照明は半分くらい消されていて
薄暗い廊下を食堂に向けて歩いていた
なんか不気味に感じるが
季節的に暗くなるのは早いので
こんなもんだろうと
シンは意味深に振り返ってみるが
通ってきた廊下があるだけだった
「えっとここかな」
食堂の冷蔵庫に鍵がかけてあり
その鍵で炊飯器の蓋を開けて
ポットを使用できるようにする
何個かあった茶碗にご飯をよそって
食堂のテーブルに行き
椅子に座り、お湯が沸くのを待つ
「いいなぁ〜‥‥
こういうのも」
誰もいない食堂で
僅かに響いた自分の声を聞きながら
天井を見上げて思う
文化祭が終わり
期末テストが終わって
久しぶりに家族で
クリスマス会とかをやった
正月は神事でエル、ヒルが
2年連続して成功して二つ名を発表してた
その後は
みんなで初詣も行って
エル、ヒルは特別に成人の枠で
神事に参加する事となったのと
皆も新年の挨拶周りがあるとの事だったので
解散となったのが元旦の早朝で昨日の話
そこからシンは
人の少なくなった寮でのんびりとしている
こういう長期休みには
朝に寮長がご飯とお味噌汁を
希望した人数分だけ
作ってくれている
夕方の5時くらいに
自由に食べて良くなるため
いつもは部活あがりの人達が
余り物を求めてくるまでに
確保しておかないとダメだけども
今日は正月の2日目
どこの部活もやっていないため
夕方の6時にシンは食堂へと
ラーメン飯を食べにきた
ポットからお湯が沸いた音が鳴り
ポットの方に行って
横に置いてあったカップラーメンに湯を注ぎ
よそったご飯と一緒に
テーブルに持って行く
「ダラダラするとよく食べるのかなぁ」
最近は作ってくれる弁当もよく食べるし
お小遣いがアップしたので
こういう間食的なものまで
コンビニに行って買ってしまう
ルカ、ウイ、エル、ヒル、アヤノ
それにポー、カヤ、ウイ、サリ‥‥
全員にお腹が空いたならなんか作るから
そういうのはやめて
とか言われたが
偶に食べるのが美味しいまであるし
やめてと言われたら
後ろめたさとか罪悪感がスパイスになる
携帯でテキトーにタイマーをセットして
少しだけ考え事をする
そういえば
慌ただしく初詣したから
もう一回やり直したいとか言ってたなぁ
日にちとかどうするんだろとか思っていると
タイマーがなったので
カップラーメンの蓋をとり
箸を取ろうとした瞬間に違和感を感じた
シンは箸を置いて後ろを見るが
何かあったわけでもない食堂の風景がある
気のせいかなぁと思い
再びカップラーメンを食べる為に
箸を取りながら正面を向くと
対面にルカが座っていた
ビックリして声を出しかけるが
知り合いだったのと
両脇にエル、ヒルもいたので我慢できた
ルカが笑顔で頬杖をついて
カップラーメンを指差しながら
「食べないの?」
なんかもう駄目な気がしたので
シンは一旦箸を置いて
「いいの?」
と聞いてみたら
笑顔のエル、ヒルから
「もったいないよ」
「作ったのに食べないの?」
シンは早く食べて
部屋に立て篭もろうと決めて
箸を取ると
「「「へぇ、食べるんだ」」」
3人からの言葉に
シンはカップラーメンに箸をさす直前で
動きが止まる
シンは動きを止めた時に
視線を横に動かして
周りを見ると背後と両脇に
人がいる事がわかった
右にはルカの母親
左にはルカの父親
後ろにはルカの祖父母が立っていた
「八方塞がりだな!ちっこいの!」
「言ってる場合?手伝ってやりな!」
ルカの母親から言われて
ルカの父親が横から
シンのカップラーメンと箸を取り上げて
ズルズルと食べ始める
「パパ!ママ!」
「こういうのはキッチリ言わないと」
「何度もやるから言わないと」
ルカ、エル、ヒルは抗議するが
ルカの父親は
ご飯と合わせるとマジでうめぇな!
とか言いながら全部食べてしまう
「シンちゃん!行くよ!」
「シンちゃん!急ぐぜ!」
ルカの祖母が言うと
ルカの祖父がシンに声を掛けて
シンが座っていた椅子を引いて
シンの体を掴んで持ち上げ
肩に乗せる
「なに?なんなのこれ」
「お仕置き」
「「反省して」」
シンの疑問にルカ、エル、ヒルが
む〜としながら答えると
ルカの父親以外がダッシュして
寮の出入口へ向かう
「反省した!ごめんなさい!離して!」
シンは謝罪の言葉も虚しく連れ去られてしまう
食堂でルカの父親は茶碗を洗って
ラーメンの残り汁を一気飲みし
容器をゴミ箱に捨てる
「アッチ〜な!シンちゃん!」
ルカの父親はマッチョマンポーズをしてから
寮の出入り口に向かってダッシュした
寮から1時間くらい車で移動して
港に着くと船に乗りかえて
もうかれこれ2時間程揺られている
いわゆるお金持ちが乗る
デカいクルーザーってヤツで
シン達がいるのは部屋みたいな所である
シンは幸い船酔いはなかったので
移動中はルカ、エル、ヒルから
お許しをもらってお弁当を食べていた
「コレからは電話して」
「誰かが行くから」
エル、ヒルに言われて
「でもさぁ〜、きゅっフックッ」
「持っていくから!絶対に電話するの!」
シンが反論しようとしたら
後ろから抱きついていたルカに
お腹を締め上げられる
シンはルカのテンションが
上がってきているので
これ以上は駄目だと判断して
「わかったわよ!
それで‥‥どこまで行くの?
この船は?」
船は暗闇の海をシンの感覚的には
真っ直ぐ進んでいるように思うけど
ゆっくりと曲がっているようにも思える
「もうすぐ着くと思うの」
ヒルが船の進行方向を見ながら答える
「釣りでもしに行くの
それにしてはこの格好は何?」
シンは船に乗った時に
ダイビングとかで着るスーツを着せられている
シン以外は各々の水着の上に
Tシャツみたいな物を羽織っている
ルカの祖父母はアロハシャツの格好だった
「寒くないの?」
シンは
いよいよ着くと聞いたので
そのままで良いのかという疑問も含めて
聞いてみると
「そうだな!そろそろ準備だ!シンちゃん」
ルカの祖父から言われて
船の最後尾あたりに連れて行かれる
「上を見な!」
ルカの祖母に言われて
シンは上を向くが何も無かったので
すぐにルカの祖母を見ると
バケツに入った水を
顔面あたり思いっきりかけられる
「なにっっっっ!
ゲホッゲホッゲホッ‥‥‥
あっ、なんか入った」
「バカ!上を向いときなっていったろう!
飲んじまったのかい?」
シンは真正面から
顔の真ん中あたりにかけられた為
口と鼻から入ってきた水を飲んでしまう
シンはむせ込みがマシになってくると
四方からバケツに入った水をかけられる
スーツの中にまで水が入ってきた
「どうだい、寒さとか感じるかい?」
ルカの祖母に言われて
シンは体とかを触ってみるが
不思議と濡れているとかは無く
おまけに寒さとかも感じない
「コレはなに?」
「水中で生きられるような魔術!
それの濃厚バージョンさぁ!
コレでシンちゃんは
水中に長時間いられるぜ!」
シンの疑問にルカの祖父が得意気に語る
「は?‥‥嫌よ」
シンはルカ、エル、ヒルの方を向いて言う
「聞いて!今から狩りなのよ!」
ルカは話にならないくらい沸騰していた
「毎年の奉納行事で
この時期ぐらいに獲れた1番良い魚を
神社に奉納するんだけど」
「神社ってね
私たちの所なんだけど
期限が1月3日の夜までなの」
エル、ヒルは真摯に語りかけるが
シンはどこか嬉しそうに
エル、ヒルが語っているように見えた
「なんで神社の関係者と
一般人の私が関係あんのよ」
シンは半眼で周りを見ると
「エサになれって事だ」
ルカの祖母が
いたって真剣に怖い事を言い出した
ここは誰もいない海の上
知り合いとはいえ
ノコノコ来てしまった自分が
恨めしいと思いながらシンは後退りする
「それじゃあ‥‥
そんなんじゃあ!わかんないでしょ!」
シンの叫びに
ルカの母親が説明してくれる
説明してくれた内容によると
なんでも去年の奉納行事の時に
ルカの祖父母が何度も獲り逃したヤツが
さらに大きくなって
ここらへんに居座ったらしい
ルカの祖父母が出ると
どこかに行くし
逃げに徹されると速すぎて追いつけない
囲んで狩ろうにも深く潜るか
自分より弱いやつを選んでなのか
偶然なのかわからないが
その場所を突破して逃げる
シンはそんな意固地にならなくてもと
言い掛けたが
確実に反感を買うと思って
言葉を変える
「私で釣るわけ?」
「アタリだ!シンちゃん!」
シンが慎重に聞くと
ルカの父親がマッチョポーズで答える
「なんで‥‥エサが人な‥‥」
ここまで言いかけて
シンは考え込み
浮かんだシンプルな疑問を投げかける
「魚よね?ソレ?」
「当たり前だ!
相手はブリで10‥‥いや‥‥
今は20メートル越えだ!
おそらくな!」
シンの疑問にマッチョポーズで
答えたルカの父親に
シンはもう一度聞く
「魚なの?ソレ?」
「他になにが?」
ルカの父親が冷静になって
シンに聞き返した
「規格と限度ってモンがあるでしょうが!」
シンが
キッ!となって出した叫びは周りに響いて
海の藻屑のように細かくなって消えていった




