第7話 「最後の日」
**登場人物**
- ナカソネ
- タケシタ
- オオヒラ
- カネマル
- サトウ
- タナカ
- 全国の市民たち
**舞台**
ミサイル戦艦「ムサシ」艦橋。首相官邸。全国各地
---
**起**
翌朝。
全国は静まり返っていた。
ナカソネの自決宣言は衝撃を与えており、テレビは朝から特番を組んでいる。
サトウはスタジオで話している。
「今日、政府からの正式な改革案が発表されます」
彼は深刻な表情だ。
「……そして、ナカソネ艦長が自決します」
画面に視聴者からのメッセージが流れる。
「誰か止めてください」「死ぬ必要はありません」「あなたは英雄です」
しかし反対意見もある。
「責任を取るべきだ」「国を混乱させた罪は重い」
新たな問題に、サトウは頭を抱えるしかなかった。
「国民は分裂しています」
街頭インタビューが流れる。
そこには、民衆のリーダーとなったタナカが映っていた。
「彼は死ぬべきではありません」
空爆賛成派、反対派。そして交渉派。
意見の違っていた彼らは、しかしこの件の見解については一致していた。
「対話で解決できるはずです」
しかし、切り替わった画面で別の男性は言う「武士道だ。責任を取るのが当然だ」
再び画面が切り替わる「でも命は一つです」
議論は尽きない。
ムサシの艦橋では、ナカソネが静かに座っている。
「艦長、まだ考え直せます」
タケシタの言葉に、しかしナカソネは首を振る。
「決めたことだ」
何度繰り返したか分からないやり取り。
タケシタの説得に、もはや理屈はなかった。
ナカソネが生きるのを、諦められないが故の足掻きだった。
オオヒラが報告する。
「カネマル首相から通信です」
ナカソネは受ける。
画面にカネマルが映る。
彼は憔悴していた。
「ナカソネ艦長」
カネマルの気力は低い。
次の言葉が容易に想像できた。
「やはり、今からでも考え直さないか」
しかし、ナカソネの答えは決まっている。
「できません」
「なぜだ。改革は始まった。人々には君が必要だ」
ナカソネは首を振る。
「いいえ。私の役目は終わりました」
「しかし」
ナカソネは、カネマルの言葉を遮った。
「首相。約束を守ってください」
カネマルは黙る。
ナカソネは構わず言葉を続けた。
「改革を完遂してください。それが私の望みです」
「……分かった、そうしよう」
カネマルは涙ぐむ。
通信が切れると、タケシタが言う。
「艦長。我々もあなたを止めたい」
「ありがとう。しかし必要だ」
ナカソネは頑として譲らない。
タケシタの悲痛な表情を見かねて、オオヒラが尋ねた。
「なぜそこまで」
「国を一つにするためには必要だ」
ナカソネは答える。
この主張を、譲るつもりはなさそうだった。
**承**
ナカソネは、昨日と同じ説明を繰り返す。
「今、国民は分裂している」
タケシタが頷く。
「空爆派と交渉派に、ですか」
「そうだ」とナカソネは続ける。
「この分裂を放置すれば。いずれ内戦になる。必ずだ」
「内戦に?」
オオヒラが驚く。
ナカソネはオオヒラの驚きを肯定する。
「ああ。四十四パーセントの怒りは本物だ」
彼は窓の外を見る。
今は平和な街だ。
しかし一皮むけば、この平和の裏に狂気が潜んでいる事をナカソネは知っている。
「彼らは裏切られたと感じているだろう」
それぐらい真剣だったのだ。
その真剣さを否定することは誰にもできない。
ナカソネの言葉に、タケシタが尋ねる。
「だから艦長が死ぬと」
その言葉に、ナカソネは頷く。
「私が責任を取る。それで彼らの怒りが収まる」
オオヒラは反論する。
「しかし、艦長は悪くありません」
オオヒラの言い分に、ナカソネは笑ってしまった。
それだけは絶対にないからだ。
「いいや、悪い。クーデターを起こして、国を混乱させた」
言葉に詰まるオオヒラの代わりに、タケシタが言葉を引き継いだ。
「しかし改革のきっかけになりました」
タケシタの言い分には一理ある。
しかしその程度の正論で止まるならば、昨日の時点でカネマルに説得されていたのだ。ナカソネは首を振り、主張を曲げない。
「それでも罪だ」
彼は立ち上がる。
「そして罪には罰が必要だ」
昨日と同じ言葉。
同じ主張であった。
時間が進む。
午前十時。
全国各地で集会が開かれる。
ナカソネを支持する人々が集まっている。
「死なないでください」プラカードを掲げて絶叫する。
「あなたは英雄です」涙を流す人までいる。
しかし別の場所では空爆派が集まっていた。
「責任を取れ」「約束を守れ」
厳しい声だ。
サトウは両方の集会を取材していた。
「国民は真っ二つです」彼はカメラに向かって話す。「しかしどちらも真剣です」正しい正しくないの話ではない。
どちらの意見も間違っていない。それを認める事が難しいだけの話だった。
彼は一呼吸置く。
「今日の夕方。ナカソネ艦長が最後の演説をします」
画面が切り替わる。
首相官邸ではカネマルが閣議を開いていた。
「ナカソネ艦長を止める方法はないか」
カネマルの言葉に、閣僚たちが黙る。
カネマルの言葉に同意したいが、具体案に欠けていた。
押し黙る閣僚たちに代わり、ミヤザワが答える。
「ありません。彼の決意は固い」
そんな事、イチイチ言われずとも分かっている。
分かっているが、何とかしたいと思って相談しているのだ。
カネマルは、力なく腕を組む事しかできなかった。
「このままでいいのか」
カネマルの言葉に、別の閣僚が言う。
「しかし我々に止める権利はありません」
「命を救う権利はある筈だ」
カネマルは閣僚の言葉に反論する。
しかしそんなカネマルの言葉を、ミヤザワが首を振って否定した。
「首相。これは権利の話ではありません。誇りの問題です」
カネマルはミヤザワを見た。
「君の口から誇りという言葉が出るとはな」
「私もニッポン人です。今回の騒動、思うところはありました」
カネマルは、知らず苦笑を浮かべていた。
そんな熱い男だったとは、カネマルはミヤザワの事を何も知らなかったと思い知らされる。
「納得するしかないのか」
カネマルの言葉に、言葉を返す者はいない。
彼は窓の外を見る。
「せめて最後の演説を聞こう」
ムサシの艦橋ではナカソネが演説原稿を書いている。
しかし、原稿を使うつもりはなかった。
カネマルに言葉を伝えて欲しいと言われたから、言うべきことを纏めている。ナカソネは、そんな愚直な男であった。
タケシタが尋ねる。
「何を話すのですか」
「未来の事だ」
ナカソネは答える。
お互い、内容には深く触れなかった。
オオヒラが確認する。
「演説は夕方六時ですね」
ナカソネは頷く。
「ああ。日没の時刻だ」
仕事終わりの時間だ。
皆が聞ける。いや、それだけではない。
「一つの時代が終わり、新しい時代が始まる」
「意外とロマンチストですね」
「隠していたからな」
ナカソネとタケシタの会話は軽い。
オオヒラがその会話に飛び込んできた。
「全国ネットで中継されますよ」
「多くの人に聞いてもらいたい」
ナカソネに意見する言葉は、もう、出る事はなかった。
**転**
午後五時半。
ナカソネは身支度を始める。
軍服を整え、勲章を付ける。
鏡を見ると、五十歳の男が写っていた。
皺が刻まれている。
しかし、目は澄んでいる。
男の胸に、後悔はなかった。
タケシタが入ってくる。
「艦長。準備ができました」
「行こう」
ナカソネは頷き、艦橋へ向かう。
全員が起立して、敬礼する。
ナカソネも敬礼を返す。
軍人として生き、軍人をやめ。そして、最後には軍人として死ねる。
この男たちの仲間として死ねる。
それが、ナカソネには誇らしかった。
「諸君」
彼の声が響く。
「七日間、よく戦った」
涙ぐむ者もいる。
「正式に恩赦は与えられた。君たちは、誇り高いニッポン軍人だ」
ナカソネは一人一人を見る。
目が合った男たちの目には、涙が溢れている。
「私も、この国を愛している」
彼は続ける。
「だから頼む。これからも国を守ってくれ」
全員が敬礼する。言葉はなかった。
ナカソネは窓の外を見る。
夕日が沈み始めている。美しい光景だ。
「時間です」
オオヒラが、カメラを準備する。
全国に向けて、中継が始まる。
ナカソネが画面に映る。
彼は、いつもと変わらず真っ直ぐカメラを見つめていた。
「国民の皆さん」
声は落ち着いている。
やはり、いつも通りの男であった。
「この七日間、お騒がせしました」
彼は一呼吸置く。
「私はクーデターを起こしました。国を混乱させました」
全国が注目する。
「様々な事がありました。しかし現政府は、我々に恩赦を約束してくれました。私に付き従ってくれた仲間たちは、これからも、あなた達を守る盾であり、矛であり続けるでしょう」
「しかし」と、ナカソネの鋭い声が響く。
「この事件の責任は重い。故に本日をもって、私は自決します」
どこかで絶叫が上がった。
しかしナカソネは構わずに続ける。
「ですが、後悔はありません」
彼は微笑む。
「この七日間で、国は確実に変わり始めました」
彼は拳を握る。力が籠る。
「政府は改革を約束しました。格差是正、若者支援、腐敗の一掃」
彼は力強く言う。
「これは皆さんの勝利です」
拍手が起こる。
ナカソネは手を振り拍手を止めると、言葉を続ける。
「しかし油断しないでください」
彼は警告する。
おそらく最後の警告になるであろう、その言葉を。
「改革は容易ではありません。多くの抵抗が、そして痛みがあるでしょう」
伝える必要はあるのか?
最後まで、自問した気持ち。
一拍置く。一瞬の迷いの表れ。
そしてナカソネは、伝える事を選択した。
「時には以前の様にした方が良いのではと、そう思う事もあるでしょう。否定はしません。こんなつもりではなかった。以前の様に戻りたいと。そう思う事は当たりで、悪いことでもないからです」
「しかし」と。否定するように、力強く訴える。
「それを思い過ぎれば、人は過去に向かって歩く事になる」
過去は心地良い。
栄光は輝きを褪せず、苦労は甘美な蜜となって無限に吸える。
乗り越えたという自負が不確定な暗闇に包まれた未来を照らし、足を動かす誇りとなる。
しかし。いや、だからこそ――
「それは七日前の政府と同じです。そして、私は。人は過去ではなく、未来に向かって歩くべきだと考えています」
――だからこそ、後ろではなく――
「それが、生きるという事なのだと。そう考えています」
過去ではなく、未来を見て欲しい。
懐かしみながら、決別の痛みを乗り越えて欲しい。
死んだ人間には、もう会えないのと同じように。
――前を向こう。
言葉にすればそれだけの事が、とても難しい。
「だから監視してください。政府を。政治家を」
彼は指を立てる。
指先は、首相官邸に向いていた。
次に足元――戦艦へ。そして最後に、自分自身へと。
「国民が見ていなければ、興味を失えば。腐敗は再び生まれます。必ずです」
――だって。過去の栄光は、いつだって自分の背後で色褪せないから。
誰も否定できない一つの事実。
過去の栄光も、苦労も。
やり直したいという気持ちも。
全て吞み込み、前に進む。
「主役は、交代したのです。政府から。あなた達、国民へと」
全国が頷く。
ナカソネは最後の言葉を述べる。
「そして分裂を乗り越えてください」
彼は真剣だ。
彼にとっての最後の仕事。
この主張こそが、最も伝えたい言葉であった。
「空爆派も交渉派も。同じ、ニッポン人です!」
彼は両手を広げる。
「対話してください。理解し合ってください。あなたと同じ意見が必要なのではありません。ただ、隣人を認めて欲しいのです。同じニッポン人であることを」
彼は深く頭を下げる。
「どうか、この国を一つにしてください」
彼は顔を上げる。
「それが私の、最後の願いです」
**結**
中継が終わる。
全国が静まり返る。
やがて様々な反応が起こる。
泣き崩れる人。怒る人。祈る人。
サトウは涙を流しながら、報道を続けていた。
「歴史的な演説でした」
彼は言葉を選ぶ。
「ナカソネ艦長は国の未来を語りました」
画面が切り替わる。
街頭の様子が映る。
空爆派の集会では、沈黙が続いている。
やがて一人の男が言う。「彼は責任を取った」
別の男が続ける。「我々の怒りも受け止めた」
リーダー格の女性が宣言する。「……もう十分だ。許すしかない」
拍手が起こる。
交渉派の集会でも同じ反応だ。
タナカが演壇に立つ。「ナカソネ艦長に感謝します」
彼は涙ぐむ。「彼は国を一つにしました」
群衆が頷く。「これから我々が引き継ぎます」
歓声が上がる。
ムサシの艦橋では、ナカソネが最後の準備をしている。
タケシタが震える声で口を開いた。どうしても、言わずにはいられなかった。
「艦長。本当にやるのですか」
ナカソネは頷く。
「ああ」
オオヒラが泣いている。
最後まで、感情的な男であった。
若い……青いとも言えるそれが、ナカソネには心地良い。
「お止めください。今からでも……」
ナカソネは微笑んで答える。
「私は満足だ」
彼は短刀を取り出す。
それは軍に入隊する際に儀礼的に支給される、自決用の短刀だった。
自決するにしても、拳銃自殺が当たり前の今日日。ナカソネはそんな短刀を、ずっと持ち続けていた。まるで、最後の誇りを手放せないように。
「最後に一つだけ」
ナカソネは言う。
「この国を頼む。生きてくれ」
涙を流しながら、全員が敬礼する。
ナカソネも敬礼を返す。
もう、言葉はなかった。
「ありがとう」
ナカソネは別室へ向かう。
扉が閉まり、沈黙が続く。
やがて一つの音が響いた。
タケシタがたまらず駆け出して、扉を開ける。
ナカソネが倒れている。
血が流れている。
しかし彼は微笑んでいる。
「艦長!」
タケシタが駆け寄る。
しかしもう、全てが遅かった。
ナカソネの目が閉じる。静かに。穏やかに。
タケシタが叫ぶ。
「艦長!!」
オオヒラも駆け寄る。
「医務室を!」
しかし、もう無駄だった。
ナカソネは逝き、艦橋に絶叫が響く。
全国に速報が流れる。
「ナカソネ艦長。死去」
衝撃が走る。街頭で人々が立ち尽くす。
空爆派も交渉派も。
全員が沈黙する。
やがて一人が言う。「彼は責任を全うした」
別の人が続ける。「最後まで誇り高かった」
全国で涙が流れる。
自然と、黙祷が捧げられていた。
一分間。ニッポンの全てが止まった一分間だった。
そして人々は動き出す。前を向く。
ナカソネが。いや、ニッポン人が望んだ未来へ。
首相官邸では、カネマルが窓の外を眺めていた。
「ナカソネ艦長」
彼は呟く。
「約束を守ります。必ず改革を成し遂げる」
ミヤザワが横に立つ。
その目は、使命に燃えていた。
「ここからは我々の責任です」
カネマルは頷く。
「ああ。彼の覚悟は無駄にしない」
二人は執務室へ戻る。
仕事が待っている。山積みの課題が。
しかし希望もあった。
国民が目覚めた。政治に関心を持った。
先延ばしにし続けていた痛みを受け入れようとしている。
それこそが最大の変化だった。
夜が訪れる。
ムサシは静かだ。
半旗が掲げられている。
タケシタが艦橋に立つ。
「艦長の遺志を継ぐ」
彼は宣言した。
オオヒラも頷く。
「我々が国を守ります」
全員が敬礼する。
海軍の……いや、ナカソネのクーデターは終わった。
そして新しい時代が始まろうとしている。
ナカソネが種を蒔いた、新たな時代が。
七日間事変。
その七日目が、ついに終わった。




