表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7話 「最後の日」

**登場人物**

- ナカソネ

- タケシタ

- オオヒラ

- カネマル

- サトウ

- タナカ

- 全国の市民たち


**舞台**

ミサイル戦艦「ムサシ」艦橋。首相官邸。全国各地


---


**起**


 翌朝。

 全国は静まり返っていた。

 ナカソネの自決宣言は衝撃を与えており、テレビは朝から特番を組んでいる。

 サトウはスタジオで話している。


「今日、政府からの正式な改革案が発表されます」


 彼は深刻な表情だ。


「……そして、ナカソネ艦長が自決します」


 画面に視聴者からのメッセージが流れる。

 「誰か止めてください」「死ぬ必要はありません」「あなたは英雄です」

 しかし反対意見もある。

 「責任を取るべきだ」「国を混乱させた罪は重い」


 新たな問題に、サトウは頭を抱えるしかなかった。


「国民は分裂しています」


 街頭インタビューが流れる。

 そこには、民衆のリーダーとなったタナカが映っていた。


 「彼は死ぬべきではありません」


 空爆賛成派、反対派。そして交渉派。

 意見の違っていた彼らは、しかしこの件の見解については一致していた。

 

 「対話で解決できるはずです」


 しかし、切り替わった画面で別の男性は言う「武士道だ。責任を取るのが当然だ」

 再び画面が切り替わる「でも命は一つです」

 議論は尽きない。


 ムサシの艦橋では、ナカソネが静かに座っている。


「艦長、まだ考え直せます」


 タケシタの言葉に、しかしナカソネは首を振る。


「決めたことだ」


 何度繰り返したか分からないやり取り。

 タケシタの説得に、もはや理屈はなかった。

 ナカソネが生きるのを、諦められないが故の足掻きだった。

 オオヒラが報告する。


 「カネマル首相から通信です」


 ナカソネは受ける。

 画面にカネマルが映る。

 彼は憔悴していた。


「ナカソネ艦長」


 カネマルの気力は低い。

 次の言葉が容易に想像できた。


「やはり、今からでも考え直さないか」


 しかし、ナカソネの答えは決まっている。


「できません」

「なぜだ。改革は始まった。人々には君が必要だ」


 ナカソネは首を振る。


「いいえ。私の役目は終わりました」

「しかし」


 ナカソネは、カネマルの言葉を遮った。


「首相。約束を守ってください」


 カネマルは黙る。

 ナカソネは構わず言葉を続けた。


「改革を完遂してください。それが私の望みです」

「……分かった、そうしよう」


 カネマルは涙ぐむ。

 通信が切れると、タケシタが言う。


「艦長。我々もあなたを止めたい」

「ありがとう。しかし必要だ」


 ナカソネは頑として譲らない。

 タケシタの悲痛な表情を見かねて、オオヒラが尋ねた。


「なぜそこまで」

「国を一つにするためには必要だ」


 ナカソネは答える。

 この主張を、譲るつもりはなさそうだった。



**承**


 ナカソネは、昨日と同じ説明を繰り返す。


「今、国民は分裂している」


 タケシタが頷く。


「空爆派と交渉派に、ですか」


 「そうだ」とナカソネは続ける。


「この分裂を放置すれば。いずれ内戦になる。必ずだ」

「内戦に?」


 オオヒラが驚く。

 ナカソネはオオヒラの驚きを肯定する。


「ああ。四十四パーセントの怒りは本物だ」


 彼は窓の外を見る。

 今は平和な街だ。

 しかし一皮むけば、この平和の裏に狂気が潜んでいる事をナカソネは知っている。


「彼らは裏切られたと感じているだろう」


 それぐらい真剣だったのだ。

 その真剣さを否定することは誰にもできない。

 ナカソネの言葉に、タケシタが尋ねる。


「だから艦長が死ぬと」


 その言葉に、ナカソネは頷く。


「私が責任を取る。それで彼らの怒りが収まる」


 オオヒラは反論する。


「しかし、艦長は悪くありません」


 オオヒラの言い分に、ナカソネは笑ってしまった。

 それだけは絶対にないからだ。


「いいや、悪い。クーデターを起こして、国を混乱させた」


 言葉に詰まるオオヒラの代わりに、タケシタが言葉を引き継いだ。


「しかし改革のきっかけになりました」


 タケシタの言い分には一理ある。

 しかしその程度の正論で止まるならば、昨日の時点でカネマルに説得されていたのだ。ナカソネは首を振り、主張を曲げない。


「それでも罪だ」


 彼は立ち上がる。


「そして罪には罰が必要だ」


 昨日と同じ言葉。

 同じ主張であった。



 時間が進む。

 午前十時。

 全国各地で集会が開かれる。


 ナカソネを支持する人々が集まっている。

 「死なないでください」プラカードを掲げて絶叫する。

 「あなたは英雄です」涙を流す人までいる。


 しかし別の場所では空爆派が集まっていた。

 「責任を取れ」「約束を守れ」

 厳しい声だ。


 サトウは両方の集会を取材していた。


 「国民は真っ二つです」彼はカメラに向かって話す。「しかしどちらも真剣です」正しい正しくないの話ではない。

 どちらの意見も間違っていない。それを認める事が難しいだけの話だった。


 彼は一呼吸置く。


「今日の夕方。ナカソネ艦長が最後の演説をします」


 画面が切り替わる。

 首相官邸ではカネマルが閣議を開いていた。


 「ナカソネ艦長を止める方法はないか」


 カネマルの言葉に、閣僚たちが黙る。

 カネマルの言葉に同意したいが、具体案に欠けていた。

 押し黙る閣僚たちに代わり、ミヤザワが答える。


「ありません。彼の決意は固い」


 そんな事、イチイチ言われずとも分かっている。

 分かっているが、何とかしたいと思って相談しているのだ。

 カネマルは、力なく腕を組む事しかできなかった。


「このままでいいのか」


 カネマルの言葉に、別の閣僚が言う。


「しかし我々に止める権利はありません」

「命を救う権利はある筈だ」


 カネマルは閣僚の言葉に反論する。

 しかしそんなカネマルの言葉を、ミヤザワが首を振って否定した。


「首相。これは権利の話ではありません。誇りの問題です」


 カネマルはミヤザワを見た。


「君の口から誇りという言葉が出るとはな」

「私もニッポン人です。今回の騒動、思うところはありました」


 カネマルは、知らず苦笑を浮かべていた。

 そんな熱い男だったとは、カネマルはミヤザワの事を何も知らなかったと思い知らされる。


 「納得するしかないのか」


 カネマルの言葉に、言葉を返す者はいない。

 彼は窓の外を見る。


「せめて最後の演説を聞こう」


 ムサシの艦橋ではナカソネが演説原稿を書いている。

 しかし、原稿を使うつもりはなかった。

 カネマルに言葉を伝えて欲しいと言われたから、言うべきことを纏めている。ナカソネは、そんな愚直な男であった。


 タケシタが尋ねる。


「何を話すのですか」

「未来の事だ」


 ナカソネは答える。

 お互い、内容には深く触れなかった。

 オオヒラが確認する。


「演説は夕方六時ですね」


 ナカソネは頷く。


「ああ。日没の時刻だ」


 仕事終わりの時間だ。

 皆が聞ける。いや、それだけではない。


「一つの時代が終わり、新しい時代が始まる」

「意外とロマンチストですね」

「隠していたからな」


 ナカソネとタケシタの会話は軽い。

 オオヒラがその会話に飛び込んできた。


「全国ネットで中継されますよ」

「多くの人に聞いてもらいたい」


 ナカソネに意見する言葉は、もう、出る事はなかった。



**転**


 午後五時半。

 ナカソネは身支度を始める。

 軍服を整え、勲章を付ける。

 鏡を見ると、五十歳の男が写っていた。


 皺が刻まれている。

 しかし、目は澄んでいる。

 男の胸に、後悔はなかった。


 タケシタが入ってくる。


「艦長。準備ができました」

「行こう」


 ナカソネは頷き、艦橋へ向かう。

 全員が起立して、敬礼する。

 ナカソネも敬礼を返す。

 軍人として生き、軍人をやめ。そして、最後には軍人として死ねる。

 この男たちの仲間として死ねる。

 それが、ナカソネには誇らしかった。


「諸君」


 彼の声が響く。


「七日間、よく戦った」


 涙ぐむ者もいる。


「正式に恩赦は与えられた。君たちは、誇り高いニッポン軍人だ」


 ナカソネは一人一人を見る。

 目が合った男たちの目には、涙が溢れている。


「私も、この国を愛している」


 彼は続ける。


「だから頼む。これからも国を守ってくれ」


 全員が敬礼する。言葉はなかった。

 ナカソネは窓の外を見る。

 夕日が沈み始めている。美しい光景だ。


 「時間です」


 オオヒラが、カメラを準備する。

 全国に向けて、中継が始まる。

 ナカソネが画面に映る。

 彼は、いつもと変わらず真っ直ぐカメラを見つめていた。


 「国民の皆さん」


 声は落ち着いている。

 やはり、いつも通りの男であった。


 「この七日間、お騒がせしました」


 彼は一呼吸置く。


「私はクーデターを起こしました。国を混乱させました」


 全国が注目する。


「様々な事がありました。しかし現政府は、我々に恩赦を約束してくれました。私に付き従ってくれた仲間たちは、これからも、あなた達を守る盾であり、矛であり続けるでしょう」


「しかし」と、ナカソネの鋭い声が響く。


「この事件の責任は重い。故に本日をもって、私は自決します」


 どこかで絶叫が上がった。

 しかしナカソネは構わずに続ける。


「ですが、後悔はありません」


 彼は微笑む。


「この七日間で、国は確実に変わり始めました」


 彼は拳を握る。力が籠る。


「政府は改革を約束しました。格差是正、若者支援、腐敗の一掃」


 彼は力強く言う。


「これは皆さんの勝利です」


 拍手が起こる。

 ナカソネは手を振り拍手を止めると、言葉を続ける。


「しかし油断しないでください」


 彼は警告する。

 おそらく最後の警告になるであろう、その言葉を。


「改革は容易ではありません。多くの抵抗が、そして痛みがあるでしょう」


 伝える必要はあるのか?

 最後まで、自問した気持ち。

 一拍置く。一瞬の迷いの表れ。

 そしてナカソネは、伝える事を選択した。


「時には以前の様にした方が良いのではと、そう思う事もあるでしょう。否定はしません。こんなつもりではなかった。以前の様に戻りたいと。そう思う事は当たりで、悪いことでもないからです」


「しかし」と。否定するように、力強く訴える。


「それを思い過ぎれば、人は過去に向かって歩く事になる」


 過去は心地良い。

 栄光は輝きを褪せず、苦労は甘美な蜜となって無限に吸える。

 乗り越えたという自負が不確定な暗闇に包まれた未来を照らし、足を動かす誇りとなる。

 しかし。いや、だからこそ――


「それは七日前の政府と同じです。そして、私は。人は過去ではなく、未来に向かって歩くべきだと考えています」


 ――だからこそ、後ろではなく――


「それが、生きるという事なのだと。そう考えています」


 過去ではなく、未来を見て欲しい。

 懐かしみながら、決別の痛みを乗り越えて欲しい。

 死んだ人間には、もう会えないのと同じように。


 ――前を向こう。


 言葉にすればそれだけの事が、とても難しい。


「だから監視してください。政府を。政治家を」


 彼は指を立てる。

 指先は、首相官邸に向いていた。

 次に足元――戦艦へ。そして最後に、自分自身へと。


「国民が見ていなければ、興味を失えば。腐敗は再び生まれます。必ずです」


 ――だって。過去の栄光は、いつだって自分の背後で色褪せないから。


 誰も否定できない一つの事実。

 過去の栄光も、苦労も。

 やり直したいという気持ちも。

 全て吞み込み、前に進む。


「主役は、交代したのです。政府から。あなた達、国民へと」


 全国が頷く。

 ナカソネは最後の言葉を述べる。


 「そして分裂を乗り越えてください」


 彼は真剣だ。

 彼にとっての最後の仕事。

 この主張こそが、最も伝えたい言葉であった。


「空爆派も交渉派も。同じ、ニッポン人です!」


 彼は両手を広げる。


 「対話してください。理解し合ってください。あなたと同じ意見が必要なのではありません。ただ、隣人を認めて欲しいのです。同じニッポン人であることを」


 彼は深く頭を下げる。


「どうか、この国を一つにしてください」


 彼は顔を上げる。


「それが私の、最後の願いです」


**結**


 中継が終わる。

 全国が静まり返る。

 やがて様々な反応が起こる。

 泣き崩れる人。怒る人。祈る人。


 サトウは涙を流しながら、報道を続けていた。


「歴史的な演説でした」


 彼は言葉を選ぶ。


「ナカソネ艦長は国の未来を語りました」


 画面が切り替わる。

 街頭の様子が映る。


 空爆派の集会では、沈黙が続いている。

 やがて一人の男が言う。「彼は責任を取った」

 別の男が続ける。「我々の怒りも受け止めた」

 リーダー格の女性が宣言する。「……もう十分だ。許すしかない」

 拍手が起こる。


 交渉派の集会でも同じ反応だ。

 タナカが演壇に立つ。「ナカソネ艦長に感謝します」

 彼は涙ぐむ。「彼は国を一つにしました」

 群衆が頷く。「これから我々が引き継ぎます」


 歓声が上がる。

 ムサシの艦橋では、ナカソネが最後の準備をしている。

 タケシタが震える声で口を開いた。どうしても、言わずにはいられなかった。


「艦長。本当にやるのですか」


 ナカソネは頷く。


「ああ」


 オオヒラが泣いている。

 最後まで、感情的な男であった。

 若い……青いとも言えるそれが、ナカソネには心地良い。


「お止めください。今からでも……」


 ナカソネは微笑んで答える。


「私は満足だ」


 彼は短刀を取り出す。

 それは軍に入隊する際に儀礼的に支給される、自決用の短刀だった。

 自決するにしても、拳銃自殺が当たり前の今日日。ナカソネはそんな短刀を、ずっと持ち続けていた。まるで、最後の誇りを手放せないように。


 「最後に一つだけ」


 ナカソネは言う。


 「この国を頼む。生きてくれ」


 涙を流しながら、全員が敬礼する。

 ナカソネも敬礼を返す。

 もう、言葉はなかった。


 「ありがとう」


 ナカソネは別室へ向かう。

 扉が閉まり、沈黙が続く。

 やがて一つの音が響いた。

 タケシタがたまらず駆け出して、扉を開ける。


 ナカソネが倒れている。

 血が流れている。

 しかし彼は微笑んでいる。


 「艦長!」


 タケシタが駆け寄る。

 しかしもう、全てが遅かった。

 ナカソネの目が閉じる。静かに。穏やかに。

 タケシタが叫ぶ。


「艦長!!」


 オオヒラも駆け寄る。


「医務室を!」


 しかし、もう無駄だった。

 ナカソネは逝き、艦橋に絶叫が響く。


 全国に速報が流れる。


「ナカソネ艦長。死去」


 衝撃が走る。街頭で人々が立ち尽くす。

 空爆派も交渉派も。

 全員が沈黙する。


 やがて一人が言う。「彼は責任を全うした」

 別の人が続ける。「最後まで誇り高かった」


 全国で涙が流れる。

 自然と、黙祷が捧げられていた。

 一分間。ニッポンの全てが止まった一分間だった。


 そして人々は動き出す。前を向く。

 ナカソネが。いや、ニッポン人が望んだ未来へ。

 首相官邸では、カネマルが窓の外を眺めていた。


「ナカソネ艦長」


 彼は呟く。


「約束を守ります。必ず改革を成し遂げる」


 ミヤザワが横に立つ。

 その目は、使命に燃えていた。


「ここからは我々の責任です」


 カネマルは頷く。


「ああ。彼の覚悟は無駄にしない」


 二人は執務室へ戻る。

 仕事が待っている。山積みの課題が。


 しかし希望もあった。

 国民が目覚めた。政治に関心を持った。

 先延ばしにし続けていた痛みを受け入れようとしている。

 それこそが最大の変化だった。


 夜が訪れる。

 ムサシは静かだ。

 半旗が掲げられている。

 タケシタが艦橋に立つ。


「艦長の遺志を継ぐ」


 彼は宣言した。

 オオヒラも頷く。


「我々が国を守ります」


 全員が敬礼する。

 海軍の……いや、ナカソネのクーデターは終わった。

 そして新しい時代が始まろうとしている。

 ナカソネが種を蒔いた、新たな時代が。


 七日間事変。

 その七日目が、ついに終わった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ