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第3話 「封鎖」

**登場人物**

- ナカソネ

- タケシタ

- オオヒラ

- ムトウ(陸軍大将)

- シカイチ(ニッポン国首相)

- カネマル(防衛大臣)


**舞台**

トーキョー湾及び陸軍司令部


---


**起**


 夜明け前。

 東の空がわずかに白み始めている。

 しかし海はまだ暗い。

 そんな中、第三艦隊はトーキョー湾口に到着していた。


 静かだ。


 エンジンの音が低く響く。

 波の音が聞こえる。

 しかし、それ以外は静寂だった。それは嵐の前の静けさか。


 ナカソネは艦橋に立っている。


 双眼鏡で海岸線を見る。

 トーキョーの街明かりが見える。

 まだ眠っている街だ。まだ平和な街だ。

 しかしその平和は、今日から試される事となる。


「配置は?」


 ナカソネの声が静かに響く。

 タケシタが地図を指す。

 赤い点が艦隊の配置を示している。完璧な陣形だ。


「ムサシは湾口中央」


 彼は説明する。


「両翼に巡洋艦と駆逐艦を展開を終えました」


 ニッポン軍の戦力を知り尽くしているナカソネたちだからこそ可能な、素早く完璧な包囲網だ。ナカソネは頷く。


「間に合ったか」


 しかし油断はない。

 これから本番が始まる。

 オオヒラが報告する。


「しかし陸軍が動いています」


 若い士官の声に緊張が滲む。

 陸軍。あくまでも本土防衛を本業とする軍団であり、海上を攻撃する射程の兵装は持っていない筈ではある。

 しかし陸軍は対人のスペシャリストでもある。破壊工作まで含めるならば、彼らの全力は未知数だ。射程の外だから勝てるなど、簡単に断言できる相手ではない。

 ナカソネは双眼鏡を下ろす。


「どこに布陣している?」


 オオヒラはモニターを指す。

 赤外線映像だ。海岸線に無数の熱源が映っている。


「海岸沿いに戦車部隊が確認できます。約五十両です」


 ナカソネは眉をひそめる。


「陸軍は本気か」


 可能なら、同じ国の軍隊同士で戦いたくない。

 タケシタが答える。


「わかりません。しかし装備は本気に見えます」


 事実だ。

 許す限りの時間で集めた数と考えれば、かなり本気の部隊である。

 戦車だけならば問題ないが、陸軍の装備には長射程の対艦ミサイルがある。撃ち込まれて包囲を崩されれば、そこから一気に、という可能性は十分に考えられた。


 ナカソネは考える。

 しかし見えている範囲では、陸軍の動きは慎重だ。

 攻撃的ではなく、防御的な布陣に見える。

 少なくとも、すぐに攻撃する気はないのかもしれない。


 ――憶測で希望は持てる。しかし確認が必要だ。


「陸軍司令部へ通信を開け」


 テロリストからの通信である。

 しかも少し前まで軍の通信網まで乗っ取った。

 繋がるのか? と疑問を覚えながら、オオヒラが操作する。

 指が素早く動く。画面が切り替わる。


 ――繋がった。


「繋がりました」


 画面に険しい顔の男が映る。

 ムトウ陸軍大将だ。


 六十代の男。

 傷のある、戦場を経験してき顔だ。

 その目は鋭い。感情を読ませない目だ。


「ナカソネ艦長」


 ムトウの声は低い。

 重い声だ。威圧感がある。感情は伺えなかった。


「お前の行動は反逆だ」


 断定だ。非難ではない。

 ただの事実であった。

 ナカソネは、ムトウに敬礼をした。

 たとえ軍人ではなくなっても、志は同じだと伝えたかった。


「承知しています」


 認める。隠さない。

 自分の行動の意味を理解している。

 ムトウは目を細める。


「ならば理由を聞こう」


 彼の言葉は問いかけだった。

 先の問いかけと同じように、非難は出ない。


 まず、ムトウには純粋な疑問があったからだ。

 ムトウはナカソネの事を知っていた。

 愚直と言える、まっすぐな男だ。

 そんな男がなぜクーデターを起こしたのか。

 先の放送は当然聞いていたが、やはりこの男に直接聞きたいと考えていた。


 そんなムトウを、ナカソネは真っ直ぐ見返す。


「この国の未来を救うためです」


 明確で簡潔な答えだった。宣言していた通りの理由。

 ナカソネの言葉に。ムトウは鼻で笑う。

 しかしその笑いには侮蔑がない。

 むしろ、自嘲が混じっている。


「救う? 破壊の間違いではないか」


 指摘だ。多くの人が思っていること。

 ナカソネは首を振る。


「破壊すべきは、民意を無視している現体制です」


 訂正だ。破壊するのは国ではなく、体制だと。


 ムトウは黙る。

 その言葉を否定したくない自分がいる。

 感情は誤魔化せなかった。


 陸軍も不満を持っている。

 政府に、体制に。……ナカソネと同じように。

 僅かな沈黙の後。

 重い沈黙だ。二人の軍人が互いを測っている。


 ムトウはナカソネに尋ねる。


「お前の真意は何だ」


 本心を知りたい。

 名声が欲しいのか。それとも。


 ナカソネは答える。


「民意を政治に反映させたいのです」


 明確な答えだ。

 欲しいのは名声ではない。意見なのだと。

 ムトウは腕を組む。


「選挙のことか」


 確認だ。あの衝撃的な提案のことかと。

 ナカソネは肯定する。


「この国の選挙は名ばかりです」


 批判だ。しかし事実だった。


「重要な決定にこそ国民は関わるべきであるのに、重要決定は全て現体制政治家が決めている」


 現実だ。誰もが知っている。

 何時決めた、誰が良いと言った。

 明らかに国民の半数以上が拒否するであろう名前も知らない増税法案が、仕事から帰ると施工されている。信じられない事に、この国ではそんな事も起こっていた。


「この国は、民主主義の皮を被った社会主義になりつつある」


 批判だった。この国の体制への。


「だから国民に決めさせると」

「そうです」


 ムトウの言葉に、ナカソネは肯定を返す。

 彼は真剣だ。


「この国の未来は。五日後に国民が決めます」


 宣言であり、約束だ。

 あの演説の通りである。嘘も誤魔化しもない。


 ムトウは深く息を吸う。


 次の質問が重い。

 答えによっては、陸軍が動くかもしれない。


「もし空爆に賛成が多ければ、どうする」


 問いかけだ。本当に実行するのか。

 ナカソネは即答する。

 迷いがない。


「空爆を実行します」


 ムトウの表情が変わる。

 驚きだ。いや、恐れか。


「本気か」

「本気です」


 命を賭けた覚悟だ。

 ナカソネの問いに、ムトウは沈黙した。長い沈黙だ。

 彼も、決断しなければならなかった。

 陸軍の運命を。この国の運命を。


 ――そして、言った。


「わかった」


**承**


 ナカソネは驚く。

 正直に言えば、予想外の答えだったからだ。


「わかった?」


 聞き間違いではないのか。

 ムトウは続ける。


「陸軍は介入しない」


 ナカソネに倣うような、簡潔な宣言だった。

 タケシタが前に出る。

 信じられない。陸軍までもが、政府の命令を拒否するというのか。


「どういうことですか」

「政府からは、海軍鎮圧の命令を受けている」


 当然の命令だった。


「しかし私は、その命令を拒否する事にした。それだけ伝われば構わん」


 歴史的な決断だ。

 今度はナカソネが理由を問う。


「なぜです」


 知りたい。なぜ味方してくれるのか。


 ムトウは窓の外を見る。

 遠くを見ている。過去を見ている。


「陸軍も、政府には不満を持っている」


 呟かれたそれは、長年の不満の告白だった。

 陸軍は対人のスペシャリストだ。

 もしかするとその根は、海軍よりも深かったのかもしれない。


「何かが変わると信じてはいたが、結局切っ掛けは何もなかった」


 そこにあるのは失望であり、諦めだった。

 ムトウはナカソネを見た。


「おそらくだが、お前のやっている事は正しい」


 ムトウは、本心では認めていたのだ。

 改革を。もっと言えば、このナカソネの行動を。


 ナカソネは慎重に尋ねる。


「では陸軍は我々に加わるのですか?」


 陸軍が加わるのならば、事は大きくなる。

 政府への圧力は増すが、より過激な主張が出てくる可能性がある。

 つまりは、事が大きくなりすぎるリスクがあった。


 ナカソネの内心に答えるように、ムトウは首を振る。


「いや。中立を保つ」


 否定。それはナカソネが欲しかった言葉であった。


「ただし条件がある」


 交渉だ。テロリストとの交渉。

 それをムトウは勝手に行っている。

 狂気の沙汰だが、指摘する者は誰もいない。


 ――知らない場所で、勝手に己の命運が決まる。普段、現体制の政治家がやっている事の縮図がここにあった。


「聞きましょう」

「無意味な被害は出すな」


 その言葉に、ナカソネは即答する。

 当然だ。それは自分の信念でもある。


「約束します」

「ならば陸軍は動かない。お前たちと政府の争いには介入しない」


 中立の宣言ではある。

 しかし実質的には、海軍への支援にしかならないだろう。


「それに……」


 ムトウは、少しだけ感情を滲ませて付け加える。


「正直に言えば、この選挙結果は気になる」


 人間味のある言葉だった。

 彼も国民の一人として、この国の選択が気になっていたのだ。

 その言葉を最後に、通信が切れる。

 暗転した画面を見つめながら、タケシタが呆然としている。


「これは……」


 信じられない。歴史が動いていく。

 オオヒラも信じられない様子だ。


「陸軍が、中立を宣言しました」


 若い士官の声が震えている。

 喜びと恐怖が混じっている。


 ナカソネは笑う。

 勝利の笑みだ。しかし油断はない。


「これで政府は孤立した」


 海軍は反乱した。

 陸軍は中立を宣言した。政府に残されたものは空軍だが、最新型のドローン空母ならば離陸を待たずに爆撃が可能だ。陸軍の支援なしでは、やる前から結果は見えている。


 タケシタが確認する。


「しかし陸軍が裏切る可能性は」


 慎重だ。信じすぎてはいけない。

 常に疑い続けるその姿勢が好ましい。だが今回に限っては、ナカソネはその可能性を否定する。


「ムトウ大将は嘘をつかない。陸軍の中では、間違いなく最も信頼できる」


 長年の付き合いで分かる。あの男は約束を守る。

 オオヒラが新しい報告を上げる。


「首相官邸から緊急会見の発表です」


 政府が動いた。反撃がある。

 ナカソネはモニターを見る。


 画面にシカイチが映る。

 彼は憔悴している。顔色が悪く、目が虚ろだ。

 この二日間で、年齢以上に老け込んだように見える。


「国民の皆さん」


 シカイチの声は震えている。

 かつての、権威を傘に来たような高圧さは完全に失せていた。


「現在、首都は反乱軍に包囲されています」


 事実を述べる力しかない。

 彼は咳払いをする。

 緊張で喉が渇いているのだ。


「しかし政府は屈しません」


 強がりだ。虚勢でしかないのは、誰の目にも明らかだった。

 彼は拳を握る。

 その手は震えていた。力がない。


「我々には正統性があります」


 それがシカイチの最後の砦だった。

 選挙で選ばれている。それだけが頼りだ。


 画面が切り替わる。

 カネマル防衛大臣が登場する。

 彼も疲れている。しかし、シカイチよりはましだ。


「防衛大臣として宣言します」


 職務を遂行する。


「ナカソネ率いる反乱軍は、国家の敵です」


 断定であり、ニッポン国としての公式な宣言だ。

 そう言うしかないのは分かる。しかし、虚勢にしか見えなかった。


「全国民に告げます。反乱軍への協力は犯罪行為とみなします」


 脅しだった。

 そして誰もが無意味だと感じていた。


**転**


 ナカソネは冷たく笑う。

 哀れみだった。


「下らん脅しだ」


 効果がない。もう誰も恐れない。

 タケシタが言う。


「効果はないでしょう」


 同意だ。国民は目覚めている。

 オオヒラが報告する。


「SNSでは我々への支持が広がっています」


 証拠だ。世論は動いている。

 ナカソネはモニターを見る。

 画面には無数の投稿が流れる。ハッシュタグが並ぶ。


「ナカソネ支持」「政府を倒せ」「腐敗にノーを」


 支持の声であり、励ましの声だ。

 しかし当然だが、反対意見も多い。


「空爆は狂気だ」「内戦は避けるべき」「話し合いで解決を」


 慎重な声だ。恐れの声だ。

 ナカソネは頷く。


「逆の意見があって当然だ。国民とは1人ではない」


 意見が分かれている。

 当たり前の事実だ。同じ人間などいないのだから、同じ意見などある訳がない。

 違う意見が出る事。そんな当たり前な事が、健全な民主主義の条件だ。


 タケシタが尋ねる。


「選挙の準備は」


 重要だ。全てはこれにかかっている。

 オオヒラが答える。


「各地の選挙管理委員会と最速で調整中です」


 順調だ。しかし油断はできない。

 ナカソネは命令する。


「公正な選挙を実施するように伝えろ」


 強調。


「不正は一切認めない」


 絶対条件だ。

 不正があれば、全てが無意味になる。

 タケシタが確認する。


「政府の妨害は?」


 可能性がある。政府は必死だ。

 しかしあの様子で、何ができるというのか。

 ナカソネは即答する。


「あれば実力で排除するとでも言っておけ」


 雑な警告を添えておく。

 しかし陸軍が中立を宣言した以上、これで十分だと判断していた。

 そもそも、ニッポン人の気質は真面目で愚直だ。

 誰かにやれと命令を受けたなら、後は放っておいてもやるだろう、というのがナカソネの見立てであった。


 オオヒラが新しい報告を上げる。


「海上保安庁の船が接近しています」


 政府が様子を見ている。

 ナカソネは双眼鏡を取る。

 小型の巡視船だ。

 白い船体で、武装は軽い。脅威にはならない。


「これ以上近づけば攻撃すると警告しろ」


 脅しではあるが、本気だ。

 オオヒラが通信を送る。

 無線で警告すると、巡視船が停止する。動きが止まる。


 やがて引き返す。

 船首が回る。離れていく。

 タケシタが安堵する。


「無駄な血を流さずに済みました」


 良かった。戦わずに済んだ。

 ナカソネは頷く。


「できる限り流血は避けたい」


 無用な犠牲は出したくない。

 しかし武力行使は辞さない。矛盾であった。

 彼は艦隊全体に通信する。


「各艦に告ぐ。発砲は最終手段だ」


 強調する。

 力を振るえる立場だからこそ、間違ってはいけない。


「特に民間船には絶対に手を出すな」


 厳命だ。これを破る者は許さない。

 艦長たちが了解する。


「了解」「了解しました」


 次々と返事が返る。


 ナカソネは窓の外を見る。

 トーキョーの街が見える。


 朝日に照らされている、美しい街だ。

 無数の明かりが点滅している。


 あそこには何百万人もの人々が暮らしている。

 普通の人々だ。

 家族がいる。仕事がある。夢がある。


 彼らの運命は五日後に決まる。


 自分たちの手で。自分たちの選択で決まるのだ。

 そして、もう一つ――


「タケシタ」

「はい」

「シンとミンの調査結果はどうなっている」


 確認が必要だった。あの疑惑の真相。

 タケシタは資料を開く。


「判明しました」


 彼は報告する。


「両国は水面下で交渉していました」


 驚きはない。想定の範囲内だった。

 ナカソネは興味を示す。


「内容は」

「確度は高いですが、証拠はありません。予想になります」

「前置きは要らん」


 詳細を知りたい。

 ナカソネの言葉に、タケシタが頷く。


「経済協力と思われます」


 簡潔に一言。

 続けるように、タケシタは詳しく述べ始める。


「シンは技術を、ミンは資源を求めているようです。ですが、両国の軍事力は隔絶しています。何もせずに仲良くしましょう、では国民感情が黙っていないのでしょう。面子の問題があります」

「なるほど。あの国が言いそうなことだ」


 それ故のパフォーマンス。

 互恵関係に落ち着きたいという前提があるのだから、本格的な戦争を行う理由はない。それでも面倒な言い分を跳ねのける為に、軍事侵攻という体を取った。

 仮定ではあるが矛盾はないと、ナカソネは納得する。


「やはり、今回の侵攻は演出か」

「証拠はありませんが、おそらくは」


 明示できる確たる資料こそないが、グレーな証拠はあがっている。

 初動の映像を確認できたが故の予想だった。


「両国は協力関係を隠すために、軍事衝突を装いました」


 世界を騙す茶番だ。


「また、これはシンとミンに関係があるのか分かりませんが…… あの大国が、ニッポン政府へ軍事支援を準備をした形跡もあります」


 最初からそうだったのか。

 或いは茶番に乗ったのか。

 なにやら呆れる話までを掘り起こしてしまう。


「もしかすると、この騒動自体に別の目的がある可能性も」


 疑惑は深まる。

 ナカソネは拳を握る。

 国民を騙し、いったい何をしたかったのか。

 呆れと共に怒りがこみ上げる。


「頼まれてもいないのに面倒に首を突っ込むのは、この国の気質だな」


 どこの誰までが知っているのか。

 或いは何も知らないのか。

 何にしても底抜けの馬鹿としか言えない行動に、怒りが新たになる。


 オオヒラが尋ねる。


「この情報を公開しますか?」


 重要な判断だ。

 しかしナカソネは「いや」と首を振る。


「公開の必要はない。確証もないしな」


 この話は、あくまでも状況証拠での現場判断の域を出ない。

 また、物事にはタイミングというものもある。


「必要になったら使う。そのつもりで情報の洗い出しは続けろ」


 切り札は取っておくものだ。


**結**


 夜が明ける。

 完全に明るくなった。

 太陽が昇っている。

 新しい一日が始まる。


 トーキョー湾の封鎖は完璧だ。

 十五隻の艦が湾を塞いでいる。

 どんな船も出入りできない。


 首相官邸では緊急会議が開かれていた。

 閣僚が集まっている。

 全員が疲れていた。眠れていない。


 シカイチは机を叩く。

 怒りが込められているが、力はない。


「陸軍までもが裏切っただと!」


 信じられない。信じたくなかった。

 防衛大臣として、カネマルが訂正する。


「中立宣言です。裏切りではありません」

「同じことだ!」


 そこに区別などないに等しい。

 結果が同じだからだ。陸軍は戦わない。

 ミヤザワが冷静に言う。


「しかし我々には、まだ空軍があります」


 最後の希望だ。

 シカイチは目を輝かせる。

 溺れる者が藁をつかむように。


「そうだ。空軍だ」


 まだだ。まだ負けていない。

 カネマルが首を振る。

 彼は希望ではなく、現実を見ていた。


「しかし空軍戦力は、第三艦隊に配備されているドローン空母との相性が最悪です」


 技術的な問題だ。

 希望や根性論の話ではない。


「既に軍事拠点へターゲットされている事に加え」


 これは戦略的な問題でもあり。


「防衛の要である、陸軍が中立を宣言しています。こうなった以上、空軍司令も中立を宣言すると思いますが……」


 心情的な問題でもあった。

 ここまで「動けない」と言える状況が出来上がっている状況で、士気の低い空軍が現体制を守るために動くなど、希望を通り越して妄想である。


 そんなカネマルの言葉を、ミヤザワが遮る。

 しかし、彼はまだ諦めていない。


「話をしない理由にはなりません」


 僅かでも可能性があるのなら。

 そんな感情が乗った言葉であった。

 シカイチは立ち上がり、命令する。


「すぐに手配しろ」


 二人が部屋を出る。

 扉が閉まる。シカイチは一人残される。


 重い静寂が執務室を満たす。


 彼は窓に近づく。

 足取りが重い。外を見る。

 トーキョーの街が広がっている。

 朝の光に照らされている。平和な光景だ。


 流石に平時よりも人々の数は少ないが、こんな状況になっても通勤していた。

 学生は学校に向かっている。

 普通の一日に見える。

 表面上だけかもしれないが、日々を精一杯生きるその動きは、国民の性質と国の現状をよく表していた。


 ――しかし、病んでいる。


 これからが良くなると思える希望がないから、抵抗する気力もない。

 だから暴動すらも起こらないのだと、シカイチの心の奥に押し込めていた小さな怒りが灯った錯覚を覚えた。


 ――その怒りがあったからこそシカイチは政治家になれたとも思えるし、そんな怒りが野望に変わったからこそ首相になれたとも言えた。


 気付けば、彼は自問していた。

 誰に問うのでもない。自分に問う。

 どこで間違えたのかと。


 いつから。何が。どの決断が。

 いつから国民の信頼を失ったのか。

 なぜ。どうして。


 答えは出ない。

 考えても、考えても。

 答えは見つからない。



 ムサシの艦橋では、ナカソネが地図を見ていた。

 ニッポン全土が映っている地図には、投票所の位置が示されている。


「四日後には選挙だ」


 確認だ。時間が迫っている。


「準備は順調です」


 タケシタからの報告だ。

 それに続くように、オオヒラも報告をあげる。


「投票所の設営も進んでいます」


 全てが予定通りだ。

 ナカソネは頷く。


「国民の判断を待とう」


 信じる。国民を。彼らの賢明さを。

 タケシタはナカソネに尋ねる。


「もし空爆賛成が多数なら」


 恐ろしい可能性がある。

 しかしナカソネは答える。迷わない。


「実行する」


 民意に従う。そう言う約束だ。

 タケシタは驚く。


「本当にやるのですか」


 確認だ。最後の一戦を踏み越えるのが怖い。そんな声だ。

 ナカソネは真剣な表情だ。


「民意だ。従う」


 しかし、ナカソネは揺らがない。

 絶対に従うと決意を滲ませる。どんな結果が出たとしても。

 オオヒラが小声で言う。


「しかし民間人への犠牲が」


 正当な懸念だ。

 ナカソネは目を閉じる。

 苦しい。想像するだけで苦しい。

 人を殺すのは恐ろしい。

 それが民間人で、自国民ならば尚の事。


「わかっている」


 理解している。その重さを。


「だから祈るしかない」


 神に祈る。運命に祈る。国民に祈る。

 彼は目を開ける。


「国民が正しい選択をすることを」


 信じる。彼らを。


 太陽が完全に昇った。

 空が青い、雲がない。


 トーキョー湾に朝日が反射する。


 きらきらと輝いている。美しい光景だ。


 しかしその下では、確実に緊張が高まっている。


 見えない緊張だ。しかし確実にある。


 七日間事変。

 その三日目が始まろうとしていた。




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