第5話 俺、王に会うことになる
翌朝、王都の鐘が鳴った。
華やかな音色で目を覚まし、眠いまま窓を開けると、光の都セラフィアはすでに昼だった。
「寝坊した。謁見用に新しい服、買おうと思ってたのに」
「無理だ。もう王城に向かわねばならない」
ヴァンの騎士団服は既に整っていた。
銀の紋章、黒の上衣、腰の剣――隙のない姿で、扉近くのランタンの前に静かに立っている。
……というか、昨日ヴァンを最後に見た位置から、ほとんど動いていないように見える。
まさか、ずっと立ってたのか?
「お前の瞬間転移で行けば間に合わないか?」
「王城への魔法行使は禁じられている」
そりゃそうか。
せめてこのぼうぼうの髭を剃り、ボサボサの髪を整えようとするが――
「そんな時間は無い」
「え……もう待ったなしで行く感じかよ?」
戸惑う俺をよそに、ヴァンは扉を開けて出ていく。
「ま、待ってくれ!」
脱ぎ捨てていたブーツを履き、荷物を掴んで俺はヴァンを追いかけた。
「報告するのはお前だろ。なんで俺も同行するんだ?」
「“任務の円滑な遂行のため、奴隷の同行を許可する”と伝えたら、主が実際に顔を見てやろうと仰った」
「円滑な任務遂行……?」
ようやく追いついて隣に並ぶ。
切らずにいたら目を覆うほど伸びた前髪をいじりながら、俺は王城への道を歩く。
「私は今、国家の大政策『英雄譚 勇者の栄光』の筋書きの、“魔王役”を拝命している。主な任務は、首都を襲う魔王軍の編成、勇者の育成と強化。
そして――民衆の不満を一手に背負い、勇者に討たれることだ」
「……は?」
情報量が多すぎて、口が閉じられない。
ヴァンが魔王の心臓を移植された、人造魔王であることは聞いていた。
国が“魔王”を造り、“勇者”に討たせて平和を演出している――と、ほぼ確信していた。
……が、本人の口から「勇者に殺されるのが任務」と言われると、現実味が一気に増す。
「もしかして――俺に手伝えって言った内容は、お前を討つ勇者を一緒に育てようぜってことだったりするのか?」
「そうだ。他にも勇者の安全を高める防具の素材を集めたりする」
あのときの「私を殺す手伝いをしろ」という命令は、冗談でも比喩でもなかった。
ヴァンは出会った時からそう言っていた。
俺が勝手に流しただけで。
国家の不都合を自分が背負う――そう言い切った。
本当にそうするのだろう。
そうすることが当たり前だと、彼は信じている。
この国では、魔王を作り、魔王を倒させることで民心をまとめる。
“英雄譚”とは、国家が都合よく書いた台本のことだった。
「お前、これは……あまりにも――」
――あまりにも胸糞が悪すぎる。
だが、国家に忠誠を誓うヴァンの前で、それを言えるほど俺は勇気がない。
ヴァンの背は、名誉と誇りを抱えて死にに行く戦士のように見えた。
馬鹿げた幻影に、足がすくむ。
「立ち止まるな。ついてこい」
「あ、ああ、すまない」
ヴァンは振り返らず言った。
「行くぞ。遅れは私が許されない」
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◆◇◇
王城の正門前。
巨大な扉の前に黄金の鎧をまとった近衛兵たちが整列している。
白い石畳を踏むたび、ヴァンの装飾の金属音が静かに響く。
「相変わらず、ここ空気重いな」
「そうか」
通された廊下には、“勇者が魔王を討つ”場面を描いた大壁画が並んでいた。
(ヴァンもこの中に“魔王”として描かれるのか……)
いや、間違いなく描かれる。
この美貌だ、画家は描きがいしかないだろう。
それにしても――倒す勇者も相当な美形じゃないと釣り合わないよな。
「なあ。お前、描かれた歴代魔王どころか勇者より顔がいいぞ!」
「絵を見ている暇はない」
ヴァンは堂々と玉座の間へ進む。
俺も慌てて後を追う。
「ヴァン・アリステア様が参りました」
扉脇の男が声を張ると、中から了承の声。
扉が開かれ、赤い絨毯が目に飛び込む。
「ノア。口を閉じ、終始私を見つめ、従順な振りをしろ」
「え、なんかやだ」
「命令だ」
「了解だ、ご主人様」
玉座の奥、金糸の衣を纏った王が座していた。
――セラフィア国王、レオンハルト・セラフィア十二世。
この距離で見るのは、六年ぶりだ。
「よく戻ったな、ヴァン・アリステア」
「任務の報告に参りました」
「定期暴走の件だな。お前の監視から詳細は聞いているから報告は要らぬ。最近は暴走の間隔が短くなっていると聞くが、任務に支障を出すなよ」
「私の不徳のいたすところです。任務は滞りなく遂行しております」
国王の声は威圧的で、ヴァンの応答は忠実そのもの。
二人のやり取りは、形式美そのものの主従だ。いかにも絵になる忠臣と王。
「そして……そちらの者は?」
「報告していました、私の奴隷です」
「随分と汚らしいな。冒険者か?」
「ご慧眼です。勇者たちの装備素材の収集に有用かと」
「ふむ、認めよう」
王の声は柔らかいが、そこに温かみはない。
王公認の“奴隷”――笑えるほどありがたくない称号だ。
「魔王復活の噂に信憑性を持たせるため、東方の魔物討伐を控えていたが、予想外にワイルドオークの群れが発生し、被害が拡大した。まだ王都に損害を与えさせるわけにはいかん。早急に討伐せよ」
「かしこまりました」
最近、危険度の高い魔物が増えている――ギルドの嬢ちゃんも言っていた。
高ランク冒険者は、国家関連の依頼で手一杯。依頼が回らないらしい。
(……これも筋書きの一部か?)
「近々、勇者選定の儀を行う。任務も大詰めだ。今まで通り忠実に遂行せよ」
「主の御心のままに」
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◆◇◇
謁見を終え、王城を出る。
外に出ると、風がやけに心地いい。
さっきまで胸に圧し掛かっていた空気が、ようやく抜けた気がした。
(勇者が選ばれ、魔王が造られ、俺はその脇役になった――監督は国家)
隣を歩くヴァンは相変わらず無表情だ。
「ヴァン。お前が役目を果たして契約が解除されたら、俺どうなるんだ?」
「引き続き国家のために働け。今回良い働きをすれば、国王直轄の奴隷として登録されるかもしれない」
(巫山戯んな。絶対ヤだ)
大声で叫びたかったが、まだ城の敷地内だ。どこに耳があるかわからない。
「……お前、王や任務の話をするときだけ饒舌だな」
「必要なことは言う」
その返しに、俺は無言になる。
今まで俺が受け取った「不要だ」の数だけ悲しい気持ちになってくる。
「で、次は何だ?」
「東街道のオークの群れを掃討だ」
「オークか。倒すのはめんどいけど、太ももの肉をローストすると美味いんだよな。久しぶりに作って食おう! お前も食うだろ?」
「不要だ」
そんなことを話しながら、俺たちは来た道を戻った。
(――さて、どうしようか)
ヴァンの今までの言動を見るに、“国家のために働くこと”以外の行動をしないだろう。
だが俺は違う。
ヴァンが死ねば契約は解けるかもしれないが、国が俺を自由にしてくれるとは思えない。
逃げられないなら――俺だけは生き延びる方法を考えるしかない。
俺はただ黙って歩きながら、空の青さに吐息を混ぜた。




