9
十七日目・十八日目では、主人公スケルトンの「孤独」と「人間性の残滓」を掘り下げました。討伐者を斬る場面では彼の悲哀を、故郷の廃墟に立ち尽くす姿では彼の喪失を描いています。
⸻
十七日目
冷たい朝の霧が森を覆っていた。
スケルトンとなった男――彼の名を覚えている者はもういないが、かつて剣士であった彼は、湿った土の匂いを感じない代わりに、骨を軋ませる風の冷たさだけを知覚していた。
森の奥で彼は一本の古木に腰を下ろし、手にした剣の刃をじっと見つめていた。肉も血も持たない彼に「疲労」は存在しないはずだ。だが、精神は日に日に摩耗してゆく。孤独が骨の芯まで染み渡るのだ。
そのとき、森を揺らす声がした。
「――そこにいるのは誰だ!」
現れたのは、鎧に身を包んだ若い騎士たちの一団。彼らは冒険者崩れか、あるいは新米の討伐隊か。
スケルトンは立ち上がり、剣を構えた。
「またか……俺を、ただの怪物としか見ないのだな」
戦いは一瞬で終わった。
彼の剣技は生前の記憶に裏打ちされており、十数名の若者たちは次々に倒れた。血に濡れる大地を前に、彼は剣を振り下ろす手を止めた。
最後に残った少年の兵士が、震える声で叫ぶ。
「化け物め……なぜ、俺たちを……!」
スケルトンは答えられなかった。
彼らを斬った理由は「生きるため」でも「復讐のため」でもない。ただ、彼らが敵意を持って刃を向けたから。――それだけ。
戦場に残された沈黙が、彼の心をさらに孤独に追い詰めた。
⸻
十八日目
翌日の空は曇天だった。
スケルトンは谷間を歩いていた。かつて村があった場所に辿り着いたのだ。だがそこには焼け跡だけが残り、子供の笑い声も、農夫たちのかすれた歌も消えていた。
黒焦げた土の上で彼は膝をつく。骨だけの指で、かつての故郷をなぞる。
「俺は……守れなかったのか」
遠い昔の記憶がよみがえる。剣士であった自分は、この村を守るために戦いに身を投じたはずだった。
だが結果はどうだ? 村は滅び、自分は人の姿を失い、忌み嫌われる怪物となった。
そのとき、声がした。
「……泣いているのか?」
振り向くと、そこには旅装束の魔法使いの青年が立っていた。彼は怯えることなく、スケルトンを真っ直ぐに見つめている。
「お前は……人を襲う怪物か? それとも……ただ、ここに立っているだけの存在か?」
不意の問いに、スケルトンは言葉を失った。
人を斬った。だが人であった頃の誇りや後悔も、まだ胸に残っている。
――自分は一体何者なのか。
答えは出ないまま、曇天の下で二人の視線が交わった。
十八日目の終わりにして初めて、スケルトンは自分の存在理由を問い直すことになるのだった。
次の十九日目・二十日目では、魔法使いの青年との邂逅が物語を大きく動かしていく予定です。彼が敵か味方か、そしてスケルトンの“人としての未来”にどう関わるのか――お楽しみに。