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前回までのスケルトンは?
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十三日目
迷宮の空気は、昨日までよりもさらに冷たく、湿っていた。
少女は歩きながら、何度も振り返った。
背後にあるはずのない“彼”の足音を探すように。
「……もう、いないんだ」
あのスケルトン男は、十二日目の最後に崩れ、骨の砂となって迷宮に溶けていった。
だが少女の胸には、確かに彼の声が残っていた。
「生きる理由を探せ」
「俺は……もうここでいい」
その言葉が、少女の中で重石のように沈んでいた。
やがて、石造りの廊下が終わりを告げ、開けた広間に出た。
広間の中央には、古びた鎧を纏った三体のスケルトンが立っていた。
その鎧は重く錆びつき、刃の欠けた槍を構えている。
「……っ」
少女は剣を抜いた。
だが、三体のスケルトンはすぐには襲いかかってこなかった。
むしろ、じっと彼女を見ているように思えた。
その光景に、少女は胸が詰まった。
――まるで、昨日消えた彼が「仲間」を呼び戻したかのように。
沈黙ののち、鎧スケルトンのひとりが前へ進み出た。
カラカラと顎の骨が鳴り、かすれた声が響く。
「……人間……我らを……斬れ……」
少女は震える手で剣を構えた。
涙が滲んだが、それでも刃を振るうしかなかった。
戦いは苛烈だった。
槍が唸り、骨が弾け、鎧の破片が飛び散る。
少女は幾度もよろめきながら、必死に剣を振るい続けた。
最後の一体が倒れ、静寂が広がる。
広間には砕けた骨と錆びた鎧が散らばり、少女は膝をついた。
「どうして……どうして、あなたたちは……」
返事はなかった。
だが、彼らの沈黙の中に、昨日のスケルトン男と同じ「願い」があるように思えた。
――戦いを終わらせてほしい、という願いが。
少女は震える手で骨片を拾い、胸の前で抱き締めた。
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十四日目
迷宮の奥へ進むたび、少女の心は重くなっていった。
十三日目に倒した三体のスケルトン兵――彼らの眼窩の奥に、確かに人の“意志”が宿っていた気がしてならない。
「……もし、あの人が……まだ、どこかに残っているのなら」
そう呟いた時だった。
冷たい風が吹き、松明の炎が揺れた。
石畳の先に、長い影が伸びる。
そこに立っていたのは――昨日崩れたはずの、あのスケルトン男だった。
「……!」
少女は息を呑んだ。
だが彼の姿は、以前とは違っていた。
骨は黒ずみ、背中からは闇のような瘴気が噴き出している。
眼窩には、燃えるような赤い光が宿っていた。
「……俺は……まだ……ここにいる」
「人として逝けなかった……骸として消えきれなかった……」
少女は一歩後ずさる。
それは、彼が完全に“魔物”として再誕した姿だった。
だが、声の奥に残るかすかな苦悩が、彼がまだ人であろうとする証のように響いた。
「剣を……振るえ。俺を……終わらせろ……」
少女は震える。
十三日目に出会った骸骨兵の願いと同じだ。
だが今回は――彼自身が直接、それを求めてきた。
「私は……あなたを、斬りたくない……!」
少女は叫んだ。
一瞬、赤い光が揺らいだ。
だがすぐに彼は、瘴気をまとい、剣を構える。
「ならば……俺が……お前を斬る。生きる意味を……見せろ!」
広間に、鋼と骨のぶつかる音が響いた。
少女の剣と、亡者と化したスケルトン男の剣が、何度も火花を散らす。
少女はただ必死に答えを探していた。
“生きる理由”を――彼に伝えられる何かを。
戦いの果てに、その答えを見つけられるのか。
それとも――彼と共に、迷宮に沈んでしまうのか。
十四日目は、激しい剣戟の中で幕を下ろした。
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