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前回までのスケルトンは?
九日目
朝霧が立ち込める荒野を、男スケルトンは歩いていた。
昨日の戦いの余韻はまだ骨に残り、腕や脚には小さなひびが走っている。
だが、不思議と痛みはなかった。
代わりに、胸骨の奥に「何かを守りたい」という熱が残っていた。
同行する女性スケルトンは無言で隣を歩き、時折、折れかけた指を支えてくれる。
その仕草に、かつての「人間らしい優しさ」を見た気がして、男スケルトンは胸の奥で言葉にならぬ感謝を覚えた。
荒野を越える途中、一人の旅人が現れた。
黒いマントを羽織り、剣を背負った青年だった。
目は深い灰色で、鋭さの奥に憂いを宿している。
「骸骨……? いや、ただの魔物ではないな」
青年は足を止め、じっと男スケルトンを見つめた。
その視線には、敵意よりも興味が混じっていた。
男スケルトンは声を持たない。
だが、骨の眼窩の奥に光を宿し、彼を見返した。
その瞬間、青年の胸にかすかな震えが走った。
「……奇妙だ。お前からは、生者に近い匂いを感じる」
青年は微笑むと、手を差し伸べてきた。
男スケルトンは戸惑いながらも、その手を取る。
骨の手と人の手――冷たさと温もりが触れ合う。
一瞬、男スケルトンの胸骨の奥に、かつて感じた「友情」の温もりが蘇った。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
だが、彼は確かに感じた。
自分はただの骸骨ではなく、まだ「人」として在るのだと。
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十日目
青年は名を「ライネル」と名乗った。
かつて勇者の仲間であり、今は旅を続ける放浪者だという。
その声には疲労と、深い孤独が滲んでいた。
「俺も失ったんだ……仲間も、居場所も」
焚き火の前でライネルは呟いた。
「だから、骸骨。お前を笑えない。形は違えど、俺たちは似た者同士だ」
火の揺らめきが男スケルトンの白い骨を照らす。
彼は言葉を返せない。
だが、焔に照らされたライネルの横顔を見つめながら、胸の奥で強い共鳴を覚えた。
女性スケルトンは黙って二人を見ていた。
彼女の眼窩にも、淡い光が宿っていた。
「この出会いは、無駄ではない」と言わんばかりに。
その夜、男スケルトンは夢を見た。
肉体を持っていた頃の夢――
仲間と笑い、剣を振るい、誰かを守ろうとした日々。
夢の中で見た顔は、ぼやけている。
だが、その隣にはライネルに似た男が立っていた。
目覚めたとき、男スケルトンは拳を強く握りしめた。
失われたものを取り戻すには、この旅を進めなければならない。
だが同時に、胸の奥に新たな問いが芽生えた。
「この旅で出会った者を、俺はまた失うのだろうか」
骨の体に宿る男の心は、再び揺れ始めていた。
次回も楽しみに