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これは、骨だけとなった男のスケルトンが綴る日記である。

名も、肉も、血も失い、ただ骨と意識だけが残された存在――かつての自分が何者だったのか、なぜこうなったのか、答えはどこにもない。


歩くたびに軋む骨の音、風に抜ける肋骨の隙間、廃墟に残る壊れた器や建物。

それらは生前の記憶の断片を呼び覚ます。

だが、その記憶は砂のように指の間から零れ落ちる。


「生きているとは何か」

「失ったものは戻らないのか」


問いを抱え、答えを求め、男スケルトンは今日も歩き続ける。

これは、そんな果てなき旅の記録である。

七日目


薄曇りの朝、森の奥に差し込む光は柔らかく、しかしどこか冷たい。

男スケルトンは、昨日出会った女性スケルトンと並んで歩いていた。

互いに言葉は交わさない。

だが、骨同士が触れ合うだけで、理解は伝わる。


森の中は静寂に包まれていた。

風が木の葉を揺らし、落ち葉が骨の足元で乾いた音を立てる。

男スケルトンはかつての自分を思い返した。

温もりある手、笑い声、守ろうとした誰か――

それら全てが遠くに消え去った幻影のように胸に残る。


「生きているとは何なのだろう」


問いはいつも、答えのない深淵に落ちる。

歩きながら男スケルトンは、空の青に向かって呟いた。

声は出ない。骨だけの顎は乾ききった空気をかき乱すだけだ。

それでも、心の奥底では誰かに届くことを願った。


森を抜けると、廃墟となった村の向こうに古びた城が見えた。

石の壁は苔むし、窓は闇に沈む。

この城の奥には、昨日出会った聖騎士が待っているという噂がある。

男スケルトンの胸骨の奥に、決意が芽生えた。


「……確かめなければならない」


彼は歩き出す。女性スケルトンもその後に続く。

骨の影が月光に伸びるたび、二人の存在感は確かにそこにあった。

失ったものと向き合うための旅路は、まだ始まったばかりだ。


途中、古い橋に差し掛かる。

木材は腐り、崩れそうな梁が横たわる。

男スケルトンは慎重に足を運ぶ。

踏み外せば、川底まで落ちる。だが、恐怖という感覚はもうない。

あるのは「記憶を取り戻したい」という衝動だけだ。


橋の真ん中で立ち止まり、二人は空を見上げる。

灰色の雲が流れ、遠くにかすかな太陽の光が漏れていた。

男スケルトンは思った。


「生きること――それは、問い続けることなのかもしれない」


八日目


城の門をくぐると、石畳に積もった埃が骨を白く染める。

静寂の中、遠くで金属が擦れる音が響いた。

男スケルトンは骨の手を固く握りしめる。

ここで、全てが変わる――そんな予感が胸骨の奥に生まれる。


廊下を進むと、銀の鎧を纏った聖騎士が現れた。

昨日よりも険しい表情で、剣を握る手は少し震えている。

「なぜ彷徨う、骸骨よ……」

声には怒りと悲しみが混じる。


男スケルトンは無言で前に進む。

骨だけの体でも、心は生きている。

守るべきもの、思い出すべき過去――すべてのために、彼は立ち向かう。


剣が交わる。

軋む骨、飛び散る破片、乾いた音が城内に反響する。

戦いの中、男スケルトンの胸にかすかな温もりが蘇る。

それは、生前守ろうとした誰かの記憶。

忘れたはずの感情が、骨の隙間から呼び覚まされる。


女性スケルトンも剣を手に立つ。

二体の骨は互いに補い合い、戦いの中で過去の記憶と感情を少しずつ取り戻す。


「僕は……守りたい」

「あなたを、そして過去の僕自身を」


骨だけの体でも、想いは存在していた。

戦いが終わった後、聖騎士は剣を下ろす。

男スケルトンと女性スケルトンの姿をじっと見つめ、口を開く。


「……生者と死者が同じ世界に存在することは、許されないのかもしれない。だが、君たちの意志は確かに感じた」


城内に静寂が戻る。

男スケルトンは、胸骨の奥で何かが温かくなるのを感じた。

失われたものを完全に取り戻すことはできなくても、

守りたいという意志、愛するという感情は、骨のままでも生きているのだ。


二人は月光の下で歩き出す。

壊れた城、散らばる骨、失われた記憶――全てを抱えて。

問いはまだ尽きない。

それでも、歩き続ける限り、旅は終わらない。

七日目、八日目の記録を経て、男スケルトンは少しずつ己の過去を取り戻し始めた。

骨だけの体でも、心はまだ生きており、想いは消えていなかった。

失われた記憶の欠片や守りたい感情は、骨の隙間から再び輝き始める。


彼は問い続ける。

「生きるとは何か」

「守りたいもの、愛するものは、骨だけでも存在しうるのか」


答えはまだ遠い。

しかし、問い続ける限り、旅は終わらない。

骨だけの身体でも、希望の欠片を抱えて歩む――それが、彼の生きる証である。


男スケルトンの歩みは、今日も月光に照らされながら続く。

廃墟の村を越え、森を抜け、城を背に、彼の旅は果てしなく広がる。

失ったものの痛みを抱えながら、問い続けることこそが、彼の生きる意味なのだ。

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