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前回までのスケルトンは?
五日目
灰色の朝、冷たい光が廃墟を照らす。
男スケルトンは崩れた石畳を踏みしめながら歩いた。
昨日、聖騎士に腕をかすめられた痛みの感覚はない。
しかし、骨の隙間に残る虚ろな感覚が、心の奥底で鈍く響いていた。
「生前、僕は何を恐れ、何を愛していたのだろう」
答えはない。ただ、胸の奥に残る痛みだけが確かに自分の存在を示す。
その時、遠くから鐘の音が響いた。
教会の鐘か、あるいは記憶の残響か。
響く音の輪郭は、まるで過去の自分が生きていた証のように揺れていた。
森の縁で、朽ちかけた木の扉を見つける。
押し開けると、地下室の中に埃をかぶった本と地図が積まれていた。
骨の指で頁をめくると、文字がかすかに浮かんだ。
「……『ユウ』」
その名を目にした瞬間、かすかな記憶が胸をよぎる。
生前の笑い声、火を囲んだ温もり、誰かの手の感触――
断片的だが、確かに存在していた。
背後で足音がした。
「……まだ彷徨うのか、骸骨」
銀の鎧の聖騎士が再び現れ、剣を構える。
男スケルトンは骨を組み替え、防御するものを探したが、何もない。
剣が骨に触れると、乾いた軋む音だけが響いた。
聖騎士は剣を下ろし、冷たく、しかしどこか悲しみを帯びた声で告げる。
「生者と死者が同じ場所に立つことは許されない」
男スケルトンは無言で頷いた。
その無言が唯一、返せる言葉だった。
⸻
六日目
夜、森の奥。
男スケルトンは月光の下、静かに座る。
骨の足を組み、空を仰ぐ。
星々が瞬き、風が肋骨を吹き抜ける。
静けさの中で、かすかに声が聞こえた。
「……ユウ」
幻か、記憶か。
男スケルトンは反射的に声の方へ歩き出す。
森の奥、月光の下には、別のスケルトン――女性の骸骨が立っていた。
骨だけの姿だが、かつての温もりや感情の残滓が滲んでいる。
二体の骸骨は言葉を交わさず、互いの存在を確かめる。
手を触れ、骨が骨に触れ合う。
「……忘れたものを取り戻せないまま、歩き続けるしかないのか」
男スケルトンは問いかける。
女性スケルトンは微かに頷き、空を指差す。
「でも、道は続く」
月光の下、二体の骸骨は歩き出す。
壊れた村、散らばる骨、失われた記憶――すべてを背負いながら。
答えはまだ遠くとも、問い続ける限り、旅は終わらない。
骨だけの身体であっても、希望の欠片を抱えて歩む――
それが、生きるということなのかもしれない。
次回も楽しみに