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魔断の剣3 きみとともにあるということ  作者: 46(shiro)


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第7回

「あのね、凍稀。もうじきあたしの誕生日でしょ? それであたし、欲しいものがあるんだけど」


 (いざなぎ)の脅威がザナの町を席巻するちょうど1カ月ほど前。シャナはそう言って、本を読んでいた自分に背後から腕を回してきた。


 甘えてかぶさった彼女の柔らかな体がぴったりと背中に密着し、湯上がりの濡れた髪から洗い砂に含まれた花の香りがしてくる。

 服越しとはいえ、伝わってくる感触に、ほぼ瞬間的に熱が顔へときた。


「なんです?」


 敏感なシャナの手前、片手で顔をおおって、よこしまな考えが浮かばないよう自制しながら訊き返したなら、シャナはさらに抱きこんだ腕に力をこめて、服が欲しいと耳元で小さく返してきた。


 白い、ミニのドレスが欲しいというのだ。しかも普通の、どこででも手に入る青みがかったり灰色がかったものじゃなくて、輝くほど白い上質の。


 そのねだりを聞いたとき、胸に驚きという電流が少なからず走っていた。

 キサラと呼ばれるその布は、平民はめったやたらと手にすることのできない、最上級品である。吸水性・通気性に富み、なめらかで肌触りのよいそれは、ほとんどの染料と相性がいいのだが、布本来の輝きを生かすためから主に淡い色で染められる。それにより、さまざまな種類があり、用途や好みによって選ばれるが、純白が用いられるのは1つしかない。


「シャナ?」


 本当にそれが欲しいのか、信じがたい気持ち半分で振り仰ぎ、訊き返したなら、シャナはほんのり上気した頬でそっとささやいた。


「だって、いくら待っても、あなた、買ってくれそうにないじゃない」


 途切れ途切れに口にして、恥ずかしそうに俯いた彼女に、それ以上問うことはできなかった。

 いくら信じがたいことであっても、そんな無作法者にはなれない。


 自分は人でない存在だからとためらっていたせいでシャナから言わせることになってしまったことを詫びるように、正面を向いて両手を取り、顔を上げさせるとその唇に親指で触れた。


「――キサラの白は、だれよりもあなたに似合うでしょうね」


 ほほ笑んでそう返して。さっそく取り寄せることを彼女に約束した。

 いまだかつて、だれ一人目にしたことがないくらい白く輝く美しい、最上級品質のキサラでできた、花嫁衣裳を。


 無事届いたものの、結局袖を通す前に、彼女は最後の闘いに赴くことになったのだけれど。



◆◆◆



 ……本当に、だれよりもきれいでしたよ、シャナ……。


 岩壁にもたれていた彼女の姿を胸に、涙混じりにつぶやく。

 ほぼ同時に、凍稀の頭中を


「ええい! いいかげん起きろ! この軟弱野郎ッ!」


 という怒鳴り声が雷さながら突き抜けていった。


 直後、固い物の先で殴られたような痛みが腕に起きる。目を開くと、闇を背に、紅色した光でほのかに全身を包んだ男が、あの紅玉色をした瞳で真上から自分を見下ろしていた。


 立っているところを見ると、どうやら殴ったのではなく蹴りとばしたようだ。


 気絶していた相手を起こす方法としてはこれはかなり問題ある行為で、到底感謝の気持ちを期待できるものではないのだが、かといって今置かれた状況で不覚にも気を失っていたていたらくを思えば男の態度を責めることは(はば)られた。


 どこに魅魎がいるともしれない場所だ。剣帯が無事右手に絡んでついてきていることを確かめて、ほっとしながら身をねじって起きようとした直後。脇腹で燃え上がった激痛に凍稀は肘を砕き、声もなく再び伏せった。


 おそらく間隙に、先にくぐった魘魅の気が残っていたに違いない。瘴気が寒気にまぎれて、ここぞとばかりに傷口から染み入り、身を引き裂かんばかりの痛みが全身に向けて根を張っていた。


「……っ……!」


 悲鳴をあげることもままならず、短い息をつなげ、脳に無数の針を突き立てられたような痛覚に歯を食いしばって堪える。


「おい大丈夫か?」


 うつ伏せになったまま、いつまでも起き上がろうとしない凍稀を気遣う声がして、肩に手が乗った。


 大丈夫です、そう返そうとしたときだ。

 ここがはたしてどこであるかを彼らに今一度思い出させようとするかのように、うす暗かった周囲の闇が突如として晴れ渡った。


  明るいというよりも、周囲自体が光を発しているような輝かしさだ。足元に自分たちの影ひとつできない。

 あまりに不自然な出来事に、はっきりと自分たちの近くに魅魎の存在を感じとって身構える。


 そうして初めて気が付いた。

 そこは、凍稀に見覚えのある部屋だった。


 暖かみと、それによる安堵を見る者に感じさせる、まろやかな乳白色の石柱が対となって部屋の両脇に列を成し、正方形の青いタイルを敷きつめた床には針先で引っかいたような細い金線が、繊細な模様を描きながら走っている。


 さすがものみな緑と(うた)われる国の町らしく、彩りよく配置されたさまざまな観葉植物が柱に巻き付いて、ドーム型の天井近くまで(つる)を這わせている。

 堆朱(ついしゅ)によって壁の上部に施されているのは、この国の建国にまつわる物語。

 背後には重々しい、見るからに頑丈そうな両開きの厚い扉があり、とても人1人の力では開けられそうにない。


 ぐるり、周囲を見渡して、それから正面へと目を向ける。

 ここが館内のどの位置にあるかはともかくとして、どういったときに用いられる部屋なのかは男にもさとれただろう。


 床には中央からものものしい白絨毯が敷かれていた。その先には数段の階段があり、玉座がある。そしてそこにはこの町を襲った魅妖・誘が、傍らにあの魘魅を従えて、帝王然と座していた。


「いざなぎ……!」


 ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、こぶしを作る。

 思い描いていた形ではないにせよ、ずっと渇望していた瞬間をこうして迎えることができたと、凍稀から底冷えのする殺気が冷気となって噴き出し始める。


 だがそれをものともせず、むしろうれしそうに目を細めて、誘は朱唇を開いた。


「ようやっとお目覚めかえ?」


 小鳥のさえずりを思わせる、耳に心地よい声を発して顔を横に傾けると吐息をつく。

 添えていた手をそのまま頬杖にして再び2人へと目を戻したその仕草ひとつとっても優雅でそつなく、気品に満ちている。

 そんな彼女の姿はほぼ、凍稀が憎悪とともに記憶していたとおりのものだった。


 抜けるような白い膚、端が締まり形良く整った唇。全身を覆うだけに飽き足らず、床にまであふれて散った射干玉の髪。


 ただひとつ違っていたのは、その瞳だ。


 切れ長の目に、つい先程嵌めたばかりだと言わんばかりに輝く明るい琥珀の瞳は輪郭が乏しく、結膜部分まで黄色みがかっている。

 だが黒曜だったころと微塵も変わらない、不遜な輝きを帯びた瞳。


 どれをとっても力にあふれ、華々しく整いすぎた造形は、もはや美しいという形容すら超越してしまったようである。


 恐ろしいまでの威圧感を全身にみなぎらせた、妖艶な美女だった。


 固めたこぶしに力をこめて殺す先から震えは漏れ、全身に冷たい汗が流れるのを感じる。

 自分などとははるかに格の違う、膝を屈しそうなほど圧倒的な力の存在を前にして、彼の内なる本能はおびえていた。


 あの魘魅の書うとおりだ。体は敏感に、力量の違いとそれによる苛酷な未来を予測し、震える。

 だがそれを克服し、補い、くつがえすだけの理性もまた、この世には存在するはずだ。


 そう思い、ぐっとあごを引く凍稀の横で、このとき、全く彼とは対照的に、感心したようにヒュウと男が口笛を吹いた。


 見上げると、こともなげな顔をして誘を見ている。その瞳に浮かんでいるのは、いたずらっ子さながらの光。


 これだけの美貌をまとった魅魎を的にして平然としていられるとは、豪胆なのか、それとも魅妖は力ある者ほど外面を飾りたてるということを知らないのか……。


 知らないにせよ、これだけの威圧を受けながら、何事もないようにそうしてにこにこしていられるのはすごいものだ。――単に、鈍いだけかもしれないが。


 誘はそんな、軽薄な男の態度にはいささか気分を害したというように眉をひそめ、目をそらすと凍稀へ視線を固定し、好ましいものを見るように口角を上げた。

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