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魔断の剣3 きみとともにあるということ  作者: 46(shiro)


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第10回

「まことききわけのない! ならば相応に、私もこの髪を損ねた代償をもらうとしよう!」


 腹立たしげな声に、しかし確かにこの状況を楽しむ響きをこめて。

 誘は高らかと宣言した。


 その背後より再び巻き起こった力の風は、部屋中に散乱した(つぶて)を巻き上げ凍稀へと向かう。驚異的なまでに加速されたそのことごとくを、あえて凍稀は避けようとしなかった。


 前進を阻むほど大きな障害物は接触する前に凍結し、粉砕するが、飛沫までは防ぎようがない。

 目と心臓部を庇い、自分を目指してひた走ってくる凍稀に、誘は退くことなく交錯する寸前まで愛しげな、熱い視線を送っていた。


 あれが損なわれるのはつくづく残念だと言いたげに、その一点を見つめて。


 きん、と鋭い音がした一瞬ののち。まるで時間そのものが凍りついたように無音となる。

 回転して宙を舞い、崩れかけた柱に刺さったそれが、自分の手にしていた剣の切っ先であると知ったとき。凍稀の右目は永遠に光を失っていた。


「あ、あああ……ああああっ……!!」


 さながら脳をぐちゃぐちゃに掻き回されたような激痛に右の半面をおさえ、膝をつくと床に額をこすりつけた。

 ひたすらかきむしり、刺すような激痛を発する傷口を広げて分からなくしてしまいたい、そんな思いが赤く染まった頭中を駆け巡る。


 息ができなかった。

 熱く脈打つ血管にのどの大部分をふさがれ、満足な呼吸もできない。


 身を震わせ、犬のように千切れる浅い呼気をつなげる凍稀の傍らで、目をえぐり取った誘がほうっとため息をついた。


「あれほど申したに……私の忠告をきかぬから、そら、そのようなことになる。しようのない子。

 おお、さぞ苦しかろう。したが凍稀、おまえが私に与えた失望は、そのはるか数倍にも及ぶ、堪えがたき苦しみであったのだぞ?」


 ふてぶてしくもそう告げる、誘のたてる絹擦れの音がだんだん近付いてくるのが感じ取れた。

 地に両手をついてうずくまった凍稀の姿に闘いの決着と己の勝利を確信してか、近付く気配からはすでに警戒の意志は消えている。


「多少なり、われらに似た力を備えておっても、しょせんはその程度のもの。少しは身に染みたであろう。

 そう嘆くでない。今一つのものも取り除き、すぐに代わりの目を()めてやろう。おまえのその銀の髪には、闇の瞳が似合うのではと前々から思うておったのでな。

 よいか? これからは分というものをわきまえ、主たる私をうやまい、身を粉にしてつくすのだぞ」


 それが正しいことだと信じきった声で説く。

 ひどく身勝手な言い分だった。

 彼は動く人形などでなく、己の意志というものを持つ者であり、決して誘の所有物などではないのに、彼女は彼にそうなることを命じているのだ。


 愛する者を奪い、その身を痛めつけておきながら、拒絶は起こり得ないと思いきっていることからも、彼の意志や感情を全く無視しきっているのが分かる。

 まさに下等動物への愛着と同じだ。恐怖による隷従も、敬愛心による忠誠も、誘にとっては同列なのだろう。

 愛玩物は強者の支配に甘んじ、素直に従属してさえいればいいのだ。経緯の是非を問うほどに、気にかけるものではない。


 外見の見目よさを楽しむだけの人形となることを、彼女は凍稀に求めている。

 強要している。


 堪えがたい痛みに幾度となく遠のきかけた意識を現実に縛りつけ、かろうじて保ってきたのは、こんな勝手な物言いを聞くためじゃない。


 伏せた身の下で隠し持っていた剣の柄を、強く握りこむ。

 戦意は、失われるどころかなお熱く胸にたぎっていた。


「さあ面をお上げ」


 足音が止まり、すぐ上から言葉が落ちてくる。

 機会はおそらく1度きりだ。

 いかに魅妖といっても血の流れる生身を持つ限り、凍結は避けられない。どこでもいい、傷をつけ、そこからありったけの凍気をその体内へと送りこんでやる。


 外側からが無理なら、内側からするまで。


 決意を固め、従うふりをして身を起こすなり、剣を大きく振りきった。

 狙ったのは、のど。

 しかし激痛にかすんだ左の目だけでした目測ははずれ、かすめたのは意外にも両眼だった。

 剣先が折れていなければ、切っ先は頭骨まで達していたに違いない。


「……っあ、っ……!!

 おのれ、凍稀!!」


 不様に悲鳴を上げ、のたうつことこそなかったが、すぐさま転移し距離をとった先で誘は傷口に指を這わせて唸った。

 指の間を抜けて床にしたたった黒い血は、染みとなる前に霧散していく。それが天井近くで瘴気だまりとなって濃く渦巻くのを感じながら、凍稀は剣を支えにして身を立たせた。


 ……しっかりしろ。

 まだ闘いは終わっていない。


 ふらつく頭をおさえ、乱れた呼吸を整える。

 残された時間は少ない。傷が治癒しきれば今度こそ、待っているのは消滅だ。


 顔を傷つけられてまだ自分に愛着を見せるなら、そのときこそ寛容だと誉めてもやるが、まずそれはあり得ない。


 右目の傷の痛みのせいで集中することもままならずにいる己を叱責する。

 半端な力ではとどく前に散らされるのは分かりきっている。誘の治癒力をも上回り、あの体にある全ての水分を一瞬で凍結させる、それだけの力を導かなくては。


 おそらくこれが、最後の好機……!


 集中力を補うため、指先を使って、力を人差指1点に集める。

 今自分を生かしている数少ない輝き、そのすべて。命の光までも高め、この一撃にそそぎこむ。


 霜がおり、白く発光し始めたそこに収束した力を誘めがけて放とうとした、その刹那。


「誘さま!!」


 驚愕し、張りつめられた女の呼び声が宙空から届いた。


 天井にたまった瘴気だまりを抜けて、巳麻が現れる。

 一陣の風を伴い、2人の間に割って入るやいなや激しい憎悪のこもった視線を凍稀に叩きつけた。


 殺意に燃えた、金と緑の瞳。

 シャナの瞳。


「きさま!! たかが魔断ごときの分際で!!」


 激怒の叫びがたたきつけられる。


 だめだ、との絶望が凍稀の胸に広がった。

 収束した力が指先から消える。


 魘魅に魅妖ほどの力はなく、今集めた力を用いれば魘魅ごと貫いてその背後にいる誘を討てるのは分かっていた。

 だけど、あれはシャナだ。

 あんなにも愛しんだ…………今もまだ、愛している!!


 そのシャナを傷つけるなどということが、自分にできるはずがない。

 それだけは、絶対に!!


「消えてしまえ!」


 猛々しい口上とともに、手が、上段から勢いよく振り下ろされる。

 その先から放出された凄まじい力を目前にしながら、凍稀はまるでそれが彼女を救えなかった己への叱責であると思っているかのように、唯一の目を閉じた。



◆◆◆



 主の傷ついた姿にかき乱された心のまま放たれた力とはいえ、直撃は、苛烈さを極めた。


 床はすり鉢状にえぐれた瞬間に消減する。天井の一角を吹き飛ばし、壁を砕いた力。余波を受けただけでそうなる力の全てが凍稀へと向かっていったのだ。まともにぶつかれば到底ただではすまない。


 消滅すら有り得るというのに、冷気の防御壁を張るどころか相殺のための冷気もぶつけることもせず、無防備に触れた一瞬。


 その一刹那に、凍稀は全く聞き覚えのない、ある響きを耳にして、自分を保護しようとする微弱な何かに包まれたような気がしたが、それがはたして何かを探ろうと思う間もなく、彼の体はたやすく背後に向かって弾け飛び、半壊した扉へと叩きつけられた。


 休中の骨という骨が軋み音をたて、そのうちの何本かが折れ。血塵が、ぱっと口中から飛び散った。


 ずずずとその場に身を崩した凍稀の上に、ぱらぱらと粉塵が降りそそぐ。


 凍稀は、もはや動こうとしなかった。

 敗北を認めると同時に生きることもまた放棄してしまったように力なく四肢を投げ出して、虚ろな目でひび割れた足元の床を見つめている。

 いや、それもおそらく目の向いた先が床であった、ただそれだけのことだったのだろう。


 ゴミ捨て場に投棄された人形のようにみすぼらしく、みじめな姿をさらす凍稀に近寄り、髪をわし掴んで強引に顔を上げさせたのは、巳麻だった。


「ふん。またずいぶんと殊勝になったものだな。ようやく己の愚かさを悟れたというわけか、ばかが。

 初めからそうしておれば、痛い目をみずにすんだものを」


 いまだ殺意の消えない声で罵る。

 その声を聞き、どろどろとした憎悪をたぎらせた金と緑の瞳の中に、自分の姿を見出したとき。


 それでも、幸せそうな(はかな)い笑みが、凍稀の口元にうっすらと浮かんだ。


 その、うっとりと恍惚(こうこつ)めいた、どうにも理解しがたい表情を警戒した巳麻は髪から手を離して身を起こす。

 しかしそれっきり、うなだれたまま身じろぎひとつしない凍稀の腑抜けた姿に腹を立て、忌々しげににらみつけた。


「だがわがきみのお体を傷つけた罪がそれで償えたと思うな!

 目には目を、とは言うが、きさまの目とわがきみのとでははるかに価直が違う。たかだかおまえごときでは、その命でも不釣合いというものだ。

 ……それだけのことをしたのだ、きさまは。わがきみ御手ずから望まれたと思って、図にのりおって……身のほど知らずが!!」


 怒りと、そして嫉妬に巳麻の声は震えていた。

 握りしめられたこぶしに力が集中しているのがぼんやり感じ取れたが、回避しようと考える気力すら、今の凍稀にはない。


 この状態であれを受けたら、間違いなく死ぬな……。


 そんなことを思いながら、かといって恐怖を感じるわけでもなく、避けようとする必要性も感じられず、振り上げられた手をただ見つめる。


 シャナになら殺されてもいい。むしろ、シャナの手で殺してほしい。

 そんな願いすら、ある。


 いや、それこそがまさに、憎悪と慟哭(どうこく)と復讐心だけが今の自分を動かしていると信じていた凍稀の胸の奥底に隠されていた、真実の願いだったのだろう。


 その最後の望みとさえ思える凍稀の願いを妨げる、制止の声を発したのは、やはり誘だった。

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