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魔断の剣3 きみとともにあるということ  作者: 46(shiro)


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第9回

「お待ちと言うたに……」


 低くつぶやく。

 せっかくの忠告に逆らうからそのような目にあうのだと言いたげに、その目はあわれみの色を帯びていたが、それはそもそも最初の時点で間違っているということを知っているだけに、男はいいかげん辟易したと言うように肩越しに彼女を顧みた。


「あんた、俺に何の用があるっていうんだ? 俺にはないよ。

 それともまさか俺もほしいなんて言う気か?」


 ぜいたくな。


 最後のつぶやきは声にしなかったため、幸い誘の元までは届かなかったようである。

 男は、目を戻す際にちらとだけ凍稀を見て、意味ありげな視線を送るとまた歩き始めた。


「……たかが魔断のおまえごときが、この私にそのようなぞんざいな口をきいて、無事行けるとお思いかえ?」


 己をうやまおうとせず、軽視され続ける恥辱に身をわななかせ、殺意さながらの言葉を冷ややかに発する。

 しかしそれすら大したことではないといった様子で、今度ばかりは振り返りもせず、投げ捨てるように男は答えた。


「ああ」


 瞬間。

 鼓膜が裂けんばかりの爆音を伴って、巨大な力が床を削りながら男へ向かって疾走した。


 かわす暇など与えないと、さながら津浪のように押し寄せた力に男が真正面から飲まれたと同時に、固いものがぶつかり合うような高い音がする。直後、その力は四方に弾け散った。


 力にからみつくように入り交じっていた炎が、男が相応の火炎を導いたことを告げている。

 余波を受け、砕かれた床や天井、柱の上げる粉塵が部屋中にもうもうとたちこめ、ほどなくして晴れたとき。そこには、かすり傷一つ負っていない男の姿があった。


「なっ?」

「できるさ。そいつがいるからな」


 息を呑んだ誘に向かい、平然と告げると背を向ける。

 男の含みある言葉がはたして何を意味するか。それを知らせる存在は、すでに彼女の無防備な間合へと踏みこんでいた。


「!」


 男とのかけあいに熱くなりすぎていた彼女の死角をついて、さらに一歩踏みこんで振り切られた剣は、しかし一房の髪と右肩口を裂いただけにとどまった。

 さすが魅妖と言うべきか。とっさに宙を転移していたのだ。


 隙をつきながら仕留めそこねたことに、凍稀の口から舌打ちがもれる。だが闘いのさなか、いつまでも過ぎた一太刀を悔やんではいられない。

 凍稀はすぐさま部屋のいずこかへ消えた気配を追い、ここと思う場所に切っ先を向けた。


「そこだ!」


 決して届かない距離の空を剣で突く。


 剣の刀身は凍稀から流れこむ力を受けて白銀の輝きを帯び、徽震を起こし。刹那、そこに現れた誘の左腕は肘の辺りまで白く凍りついた。


 いけるかもしれない。


 そう思い、あらためて柄を握りこむ。

 初めて生まれた、わずかな希望だった。

 魅妖を相手にすると決めたときから、はたしてその身に触れることができるかどうかも分からない闘いであることは予想がついていた。闘いとも言えない、なぶり殺しと呼ばれるものになるかもしれない。そう思いながらも、それでもと決めた聞いに、初めて、勝算らしきものが垣間見えたというのに。


 次の瞬間、それが甘い夢でしかないのだと思い知らせる誘の咲笑が、高らかと響き渡った。


「ほんにかわいらしいこと。たかだかこの程度の力で、この私に牙をむこうなどとは」


 しゃらん、弦を爪引くような音をたてて、左腕の凍結は跡形もなく消失した。


「思いあがりもすぎると、少々その色も褪せるというもの。

 私は寛大ではあるが、それも限りないというわけではない」


 平常を装い表向きには穏やかさをまとってはいるが、内にこめられた激しさはいら立ちにまみれている。

 彼女の右の手のひらは、何かを求めて横の空間に開かれていた。


「苦痛が、もっとも御すに適した鞭であるとはいえ、それを用いらせようとする愚かさには、いっそ憎しみすら沸くというもの。

 生気を全て失う前に己の限界を悟れる分別を身につけねば、まこと死すやもしれぬぞえ」


 忠告する、誘の言葉が終わる前に彼女の手元で空間が裂け、闇が現れた。闇は瞬時に(やいば)と化し・誘の手の中で長剣の形を取る。


 おそらくは凍稀にあわせての実態化だろう。同じレベルの行為でなくば己の負けを認めることのでない、愚かな価値観にわざわざあわせてやるという、誘なりに気をきかしたつもりか。


 誘としては、凍稀の手の届かない空中より力を放ち、手足を落とし、肉をそぎ、骨を砕くという圧倒的な方法で歴然とした力の差を分からせてやった上で魘魅に仕立ててもよかったのだが、凍稀の得意とする方法で屈服させ、精神(こころ)ごと手に入れたいという考えをまだ捨てきれなかった。

 あの反抗的なところもまた、好む理由のひとつなのだから。


「はあっ」


 一声叫び、繰り出した凍稀の剣と誘の黒刃の剣が真っ向からぶつかりあう。


 超常能力を折りに触れて用いたがる魅妖は、本来こういった白兵戦は不得手とするものなのだが、しかしあえて剣をまじえたその自信どおり、誘の繰り出す剣技は屈強の剣士に勝るとも劣らぬものだった。


 手にした剣自体が魔性の物。

 きん、と金属同士の刃の触れ合う音をたてたと思った次の攻撃では闇と化し、周囲の空間へ霧散したのち薪たに誘の手元で具現化するや、振り切った隙をついて襲ってくる。


 今までに出会ったことのない、不可思議な攻撃だった。

 流した剣先は遠い距離にある柱や壁にまでもひびを入れ、割り、砕く。飛びのき、ひとまず間合をとろうとしたものの、それすら彼女の前では意味を成さない。


 逸速くそれと見抜き、退く速度よりも早く間合深くへ踏みこんだ誘は、すっと身を低くかまえると左の脇腹から右の肩口まで剣を振り上げた。


 ――やられる。


 肉迫した刃の動きを秒単位で計算し、退ききれないことを悟った凍稀の剣が、半ば無意識に心臓部を庇うよう間に入る。結果、危ういところで右肩のほうまで割られるのは防げたのだが。

 服を裂き、肉をかすめた闇の剣はそこに深い闇の傷跡をつけ、負の瘴気を送りこんだ。


「……っ……!」


 脇腹の傷によって内在していた闇と共鳴し、一気に内臓部を裂かれる。

 先日の戦闘から3日を経て、表面だけはふさがれていた傷口という傷口を内側より新たに開かれて、凍稀はよろめいた。

 血飛沫が飛ぶ。


 活性化した闇に腐食され続ける内側はさながら焼ける鉄の棒を押しこまれたように熱く、いくら凍気を操る凍稀といえど冷やしきれない。

 体内でのたうち暴れるこの闇の触手を減するには、おそらくすべてを凍結しない限り不可能だ。血液をはじめとし、心臓も、何もかも、すべて。


 そんなことできるはずがない。侵食の速度をゆるめるのがせいぜいだ。

 それでもあとどのくらいもつか……。


 ――それでもいい。


 こみあげた生ぬるい血の塊を床に吐き捨て、立ち上がって、凍稀はあらためてそう思った。


 今ざら生き残ることを考えてどうなるというのか。相打ちで十分だ。絶命する瞬間、この魅妖を塵へとかえしていられたなら。勝利なんかいらない。シャナをあんな目にあわせたこの魅妖だけは、生かしておくものか。


 肩で口元をぬぐい、息を整えながらさらに剣を握る力を強める。

 そんな姿になりながらもあくまでかまえを解こうとしない頑固な凍稀に、誘は人には到底もち得ない、うっとりするような声で優しく告げた。


「凍稀、もう抗うのはおよし。そのような体で一体いかほどのことができようものか。これ以上はするが無駄というもの。いかなおまえとて、それが悟れぬほど愚かではあるまい」


 度量の大きさを気取り、心の底からそう願っているのだというように見つめてくる。


 金色がかった琥珀の瞳。


 はたしてこの希有な光を放つ瞳のもとの持主は、どれだけ自分がその美しい瞳を持ったことを嘆き、不運さに涙しただろうか。

 己の天下とばかりに(おご)り、傲岸(ごうがん)な魅魎が跳梁跋扈するこの世界において、美しさや類いまれなものを持ちあわせて生まれることは、人にとっで恐怖とともに生きることを意味する。


 誘に目をつけられたとき、その者はどれほど恐怖しただろう? 彼女に目を奪われるためにこの世に生まれてきたわけではないのに。

 世界を呪い、己の無力さを嘆き、自分にそんな運命を定めた神を罵ったかもしれない。まして、この誘が目だけを奪って満足したなどとは思えない。


 いくらかなわない相手とはいえ、そんな血も涙もない非情な輩に膝を砕き、屈服するくらいならやはり死んだ方がましというものだ。


 乱れきり、なかなか戻らない息を吐きながら胸に浮かぶ愛しい人の残像に心を傾けた、一瞬後。

 身をかがめるなり、凍稀は走り出していた。誘に向けてまっすぐ、一直線に。

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