役割分担をしよう
豪竜の逆鱗、その由来について。
そもそも豪竜の逆鱗という組織の名前すら初めて聞いたレトロは首を横に振り、ルーファスを見た。
彼も由来までは知らないのかそっと目を伏せる。
二人が知らない事を確認したラドは、盗賊の顔を思い出し、苦々しい顔で話し始めた。
「豪竜っていうのは、アイツらの従わせてるトータスリザードの事だよ」
トータスリザード……足は遅いが、物理も魔法も硬い甲羅と皮膚により殆ど意味をなさない、圧倒的な防御力をもった魔獣だ。
だが従わせているというのは少しおかしい。
「……トータスリザードは冒険者ギルドの基準でAランク相当の魔物だ。だがそれは、単に防御に優れているという点のみで危険性は少ない。こちらから危害を加えなければ何もしてこない魔獣だ」
ルーファスの話を聞いたラドは勢いよく立ち上がった。
いつの間にかロープを自力で解いていたラドは、一番近くにいたレトロが静止する間も無くルーファスの元まで跳躍した。
その素早さと足腰のバネ、流石人間より優れた身体能力を持つ獣人と言ったところか。
感心するレトロをよそに必死の形相でラドは続ける。
「嘘じゃない! 本当だ! あの亀みたいな竜、普段は寝てるのにニーゼスの野郎が杖を使うと狂ったみたいに暴れ出すんだ!」
「落ち着け、お前の言葉を疑っているわけじゃない」
「そうそう、てかニーゼスって誰」
「……オレを奴隷にしたクソ野郎……豪竜の逆鱗のボスだよ」
「あいつ、オレの家族を……」
そこから先をラドは話さなかったが、レトロとルーファスはその一言で大まかなことは察してしまった。
盗賊に襲われ、家族を失い、自身も奴隷として使われるとはひどい話だ。特に同じ獣人であるルーファスは表情こそ変わらないものの、同族として思うところがあるのか先程から怒りが治らない様子であることをレトロは感じ取っていた。
しかも相手がまだ子供であれば尚更だろう。
ラドはその光景を思い出すだけでジリジリと目の奥が焼けるような熱を持った。
自分達の乗った馬車を襲った大きな影。優しい父と母、そして馬車から投げ出され血を流して倒れる、甘えたい盛りだった可愛い妹の姿が。
そして次に目が覚めた時、辺りに家族の姿はなく、代わりに下卑た笑みを浮かべる盗賊達……特にボスと呼ばれていたニーゼスの顔を。
「……質問だ、ラド。奴らのアジトの場所を教えてくれ」
「街を出て北に行った所にある森を抜けた先、鉱山の洞窟だよ」
怒りで目の前に血が昇っていたラドは、ルーファスのどこか冷えた声に冷静さを僅かに取り戻した。
ルーファスが地図を取り出し「この辺りか」と大まかな場所を指し示せば、ラドは頷く。
「……うん」
「確かこの辺りは土砂崩れの影響で一時的に封鎖されているはずだ。成る程、それを利用して隠れていると言うことか」
「それからトータスリザードはこの辺り、丁度入り口から少し離れた所にいる」
ラドの示した位置は洞窟の場所から少し離れている。
敵が来たら呼び寄せて追い払う、逃したくない獲物が懐に入ってくれば押し留める役目を果たすのだろう。
それからルーファスは暫くラドから知っている限りの情報を聞き出し、大まかな敵の位置と人数を把握。
二人が真剣に話を進める間、レトロは暇だったので夕飯の事を考えていた。
今日の昼に賄いでもらったホットサンドの残りを貰っていたのを思い出し、食べてしまおうかと思ったところでルーファスとラドの話が終わった。
「終わった?」
「あぁ」
「じゃあ私は帰っていい? 聞いた感じルーファス一人でも問題ないでしょ」
「作戦を説明する」
ルーファスはレトロを無視して話し始めた。
許可が降りなかったためレトロは仕方なく木箱の上に座り直した。
「まず俺が見張りを始末して侵入」
「はいはい」
「アジト内にいるであろう構成員も始末する」
「うんうん、それで?」
「ボスを捕獲する」
「終わりじゃん」
お前一人でいいじゃん。その作戦に自分がいる必要はないだろう。
そう思ったのはラドも同じようで困惑した顔でルーファスを見上げている。
「そしてトータスリザードだが……」
ルーファスは見ていた地図を仕舞った後でレトロを見た。
「そちらはお前に頼む」
「……は?」
「ええぇっ!?」
ラドが驚きの声を上げた。
しかし直様、大声を出すのはまずいと気付いたのか口元を手で覆った。
時すでに遅しではあったが。ラドはレトロが戦えることを知らないので無理もない。
突然、自分が名指しされたことに対してレトロは少し嫌そうな顔をするも、ボロボロな子供が見ている前で断るのはなんだか気が引けてしまい断れずにいた。
「トータスリザードくらい、ルーファスがやればいいじゃん」
「あれの相手はお前の方が向いている」
仮にもAランク相当の魔物をくらい呼びした事にラドは思わず生唾を飲んだ。
何よりそんなルーファスに向いていると言われた女の方は一体何者なのか、疑問がラドの頭を埋め尽くした。
そしてしばし、居心地の悪い沈黙の後に──
「…………わかった、やるよ」
耐えきれず、レトロはあっさり折れた。