乱入する方向音痴
その日のレトロはとても張り切っていた。
自分が雇われた本来の仕事がようやく舞い込んで来たのである。
「じゃあレトロちゃん、配達よろしくね」
「コープさんの所の息子さんの誕生日なんですって」
「店を出て大通りを右に真っ直ぐ行った先にある花屋の隣のお家だよ、まぁ一本道だし迷う事はないと思うけど」
「はい! 任せてください!」
遠方から親戚一同が集まっての誕生日会。これが上手くいけば次の仕事につながるかもしれないし、評判が良ければそれが人伝に広まって更に店が繁盛するかもしれない。
張り切った彼女は意気揚々と店を出て、渡された地図を握りしめて、荷物を落とさないよう駆け足で目的地を目指す。
結果、レトロは一本道でしっかり迷い盗賊のアジトにたどり着いたのだった。
「あれ、間違えた?」
「何を間違えたって……ハッ! お前まさか、あの男の仲間か!」
「え? いや何──」
レトロが言い終わるよりも先に、今にも飛びかかりそうだった男が白目を剥き、そのまま前のめりに倒れる。
いつも間にか辺りに立っているのはフードの男とレトロのみとなっていた。
咄嗟に体を横にずらし接触を回避したレトロは、フードを外した男の素顔を見て「あ」と声を溢した。
「ルーファスだ」
フードを外したことでその相貌が露わになった。
口元は黒いマスクで隠され表情の全てを確認することは出来ないが、切れ長の銀色の瞳には呆れの色が滲んでいる。
その頭上には山猫の獣人の特徴的である、大きな獣耳が隠されていた。
「……レトロ、お前こんな所で何をしている」
「ルーファスこそ何してんの」
「見てわからないか、仕事だ。俺は回答した、質問に答えろ」
「見てわからない?」
「わからない」
「アルバイト」
「……アルバイト?」
魔剣士がバイト? 何故? 自分のこれも仕事だが、彼女のこれは系統が違いすぎる。
自分も常識から外れた存在と言えなくもないが、つい先日まで魔剣持って戦場を更地にしていたであろう奴がピザ箱片手に配達業務に勤しんでいるのは何かが絶対におかしい。
「アルバイトか……そうか」
クエスチョンマークがルーファスの頭に浮かんだが、彼は一旦その回答で納得する事にした。
正直なところ疑問は尽きないが、そこを掘り進めていくと途方もない時間を使いそうだったので考えるのをやめた。
ルーファスはため息をつくと、レトロの腰に巻いたエプロンのポケットから覗く紙切れを勝手に取り出し静かに目を通す。
とても簡易的な地図だが店の位置と目的地の場所を考えれば十分に分かりやすい地図だった。
相変わらず方向音痴だ。こいつ戦場ではどうしていたんだ。
ルーファスはそこまで考えて「まぁ、あの時はマクスウェルも一緒だったからな」と勝手に納得した。
「お前の目的地はここを出で左に直進した後、噴水広場を右折した先にある四つ目の家だ」
「流石、伝説の暗殺者様は道に詳しいね」
「建物の構造や気候、人の流れを考えれば街の構造などある程度把握できるだろう」
「それ出来るのルーファスだけだって」
お礼を言ってレトロは紙を受け取ると何事もなかったかのようにそのまま、盗賊のアジトを飛び出した。
「……さて」
色々聞きそびれたが、まぁそれは後でも構わない。
ルーファスは気を取り直して自分が気絶させた一人と、レトロが意図せず気絶させたもう一人を拘束して騎士団へ引き渡す事にした。
■
何とか品物を届け、バースデーソングを一緒に歌ったレトロは、子供に手を振りながら満足気に届け先の家を出る。
少し遅れたかと思ったが誕生日会は始まったばかりで良いタイミングでのお届けになった。
主役の子供だけでなく、常連客の母親にもその家族にも感謝され自然と鼻歌を歌ってしまう。
初仕事としては大成功だろう。これが仕事により得られる”やりがい”というものか。
今日、この後は店に戻らず宿へそのまま帰っていいと言われている。
「ふんふん、ふふ~」
早く戻ってマクスウェルにも初仕事の達成感を話してやらなければならない。
跳ねるような足取りでしばらく歩いていれば、少し先の路地から人影が姿を表す。
「レトロ」
「あれ、ルーファス?」
現れたのは先程別れたばかりのルーファスだった。
「くそ! 離せよ!」
「……と、子供?」
そして彼はロープでぐるぐる巻きにされ、暴れる子供を小脇に抱えていた。