引き継ぎ完了
「レトロお姉ちゃん、またね!」
「うん、またね」
店の前で手を振り、レトロは背を向けて歩き出す。
ラドが仕事に慣れてきた頃、レトロはパン屋でのアルバイトを辞めることにした。
素直で働き者のラドはバルーとカロリーナだけでなく、配達先や常連のお客さんにもうんと可愛がられ、最初に出会った頃の手負の獣のような荒々しさはすっかり遠くに過ぎ去っていた。
レトロの中で、パン屋での仕事に区切りがついたような気がしたのだ。
最近はパンの仕込みの手伝いも始めたラドにそのことを伝えれば「寂しい」「行かないでほしい」と途端に大粒の涙を見せて泣いてしまった。
しかもそれがお昼頃でまだ店内にお客さんのいる時間帯だったので結構な騒ぎになった。
後々ルーファスにそのことを話せば「話をするタイミングを考えろ」と叱られてしまったので、レトロは素直に反省した。
素直に自分の気持ちを言えるようになったと言うことだ、そう言ってカロリーナとバルーはラドの変化を喜んでいたが、レトロは子供に泣かれると数百の魔獣に囲まれた時より心臓がバクバクと脈打ち変な汗をかくことを知った。
最終的にバルーとカロリーナの説得もありラドは納得したが、レトロはこの事を一生忘れないだろう。
足取りは不思議と、羽根のように軽い。
配達で幾度も通った道だが、こうしてパン屋としてではない唯の自分として歩くと、また違うように感じる。
「いつか自分が今よりもっと美味しいパンを焼くから、その時はまたきてね」
「約束だよ!」
最後にそんな約束をした。
レトロには何となくだが、数年後も彼はあの店にいるような気がしていた。
その頃にはメニューも増えて、きっと今よりずっとあの店に見合った職人になっているだろう。
道すがら、ラドが初めて自分で焼いたと言ってくれたパンを食べてみる。
彼が好きだと言っていたチーズが入っていて思わず「ふふ、」と小さな笑みが溢れた。
『あ、主様いいもん食ってんな〜』
「ラドがくれたの」
『一口ちょうだい』
「だめ」
『ケチ〜、あ、そういや次の仕事は何にすんの?』
「実はもう決めてある」
レトロはパンを口に押し込むとラドに渡された袋の中から一枚の紙を取り出した。
これはカロリーナが知り合いのツテで知った仕事らしく、彼女曰く力持ちのレトロにはぴったりな仕事とのことだった。
場所は今いるカーデナ街から更に東へ行った田舎町。
まだ見ぬ出会いと、また知り合いに会うかもしれない可能性に胸を躍らせ、レトロは乗合馬車の停留所へ向かうのだった。
パン屋編終幕です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次は東へ向かいます。




