法律草案戦争 2
「公務員に対しては、量刑を一般より重くします。かわりに給料はよくします。5万ポイント以上の横領・利益供与から生爪を剥がす、といった肉体損壊刑を予定しています。公務員としての職務で知り得た情報に絡む重犯罪の場合、殺人・殺人未遂は一年かけて切り刻んでの死刑、ほかの重犯罪は一年かけて切り刻んでも、命までは取らない」
「確かに、国家の要職についての、そこから知りえる情報を私的に用い、かつまた他者に害をあたうる行為に対する量刑として、妥当と思われます。特に問題はないので承認します」
拍子抜けするほどあっさりと決まった。
正直な気持ちとして、早百合は一年かけて手足を刻んでいかれて、目も耳も潰されて、それで「はい、刑罰終わったよ」と、生きたまますべてを失って放り出されるぐらいなら、死なせて欲しい。犯罪者の家族と当人たちだってたぶんそう願うはず。
このことからも、トークン族の『生命至上主義』がいかに、早百合の知る『人道主義』とかけ離れているかわかる。
トークン族にとって、爪を剥ぐのは『ちょっと深爪』程度ではないのかと、早百合は疑っている。
しかし、そんな風に穿った見方をしているのなら、そんな刑罰をしなきゃいいわけだが、彼女がよく見てきた映画類はジャッキー・チェンと少林寺アクションと、『任侠系』であったから、どうにも罰が指詰めなどになりやすい。
過激な刑罰があるが、公務員になりたがる者は幸いにして多く、その後も狭き門であり続けた。
捕捉であるが、この刑罰、民間人にも適応する場合がある。
公務員を装っての犯行は、公務員と同待遇の処罰になるからだった。
この刑罰を受けるのは、そういった偽装者がむしろ多かった。
「さてほとんどが決まりましたね」
「性犯罪項目以外は決まりましたな」
第二ラウンドが開始した。
両陣営はだいぶ、疲労してきていた。
それでも、トークン族の法律家は性犯罪のみの犯罪者の死刑を認めなかった。
一方、多対一の早百合は気持ちが負けてきていた。
「では。再犯させないためには、いかがしましょう」
頭がごつんと机にぶつかったので、早百合は朦朧とした意識を元に戻した。
戦時中は何日だって不眠不休で戦えるのに。
なんてことか。
この『民道』草案戦に、四日間、不眠不休でいるだけで、こんなに疲労困憊するとは。
「一番犯罪の多い哺乳類型にいたっては、地域での初潮の平均年齢を調査し、それより若い雌雄どちらの幼体に、性的な犯罪行為を行った場合、平均年齢より一つでも若ければ、一本、手足を切り落としていき、四年以上、下回れば、四肢切断でよろしいのでは?」
「あなた方、本当に、切断刑は平気ですね。あとは、額に墨を入れましょう。性犯罪者だとすぐわかるように」
「それはよい考えですな」
「未成年への犯罪行為に対してはそれでいいとして。成人への性犯罪を行った者を、懲役刑ですますのは、厭なんですよ」
「犯したのだから、犯させればよいでしょう」
「えー、それ用のキリングでも作製しますか」
キリングとは、戦闘用アンドロイドのことを総じて言う。
生産元はトークン族ではないが、軍ではよく使われている。
「それがよいでしょう」
ともすれば楽になりたいと流され掛けた早百合であったが、ふと悪魔のような囁きが忍び込んだ。
「ヒュドラ対策に使う豚を使うというのでどうでしょう」
「我らは一向にかまいませんが」
後の世に、最悪刑と呼ばれる『豚刑』がここに誕生した。
ヒュドラとは、多宇宙型世界のいくつかある星系一つに生息する、牙のある巨大多頭蚯蚓(肉食)のことである。
坑に生息する。炭・金・銀・銅まったくかまわず、人が何かを採掘するために長い穴を掘ると出現する。
ここいらの坑夫たちが言うのは、
「手足の一本、食われて一人前。二本なくして生きていたら、親方だ」
というとんでもないが、実際そういうものであった。義足・義手の開発に優れていて、その義手足には干肉を詰めておき、ヒュドラに襲われたら、義足なり義手なりを投げ捨てて逃げるという。ヒュドラも心得ていて、手足はかじるが、命まではなかなか奪わない。
とはいえ、こんな化け物が増えすぎると危険なので、豚を使って外までおびき出し、頭を潰す。が多頭なので、いくつか潰されても、そのうち再生する。
それ用の豚は当然、無惨に殺されるので、早百合は可哀想に思っていた。
「少しぐらい、楽しい目を見せてあげてもよくないですかね?」
いろんな凸凹が合致した刑であった。