蜘蛛刑
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万界支配下に置かれた世界では、健康な成人の処刑方法は『蜘蛛穴』と呼ばれる穴に7日間分の水と食料を与えられて5日間放り込まれる、というものに決まっていた。
死刑であるから、ここに送り込まれるのは殺人・殺人未遂犯のみである。
殺人を犯しても、情状酌量の余地がある者はここにはこない。正当防衛・過剰防衛、長い恨み辛みが正当であるもの、など。
蜘蛛穴刑は、死刑囚一人に3年に一度、それを三回生き残ると死刑から無期懲役刑になれる。
もっとも、一度に十人前後放り込まれるその穴から生き残って、無期刑を獲得できた囚人は死刑囚総合計八十万人の中、5人という低さ。
蜘蛛穴は全世界にいくつも作られた。
名前からして常に大型の蜘蛛が住んでいる、もしくは小さな蜘蛛が無数に住んでいるのを想像するが、罪人が居ないときには空っぽである。
蜘蛛はアラクネと呼ばれる種族で、果実酒と朝露と花の蜜や樹液を好む、大型のタランチュラみたいな姿をしていた。巣は張らず、ハエトリグモと同じで、糸を手で振り回して獲物にひっかけるか、跳びかかる。成体は体重二十㎏前後、高さが人の腰ぐらいまであり、跳ねると早百合(百七十センチ超え)をぴょんと飛び越えられる身体能力を持つ。毛は柔らかく、とくに十二年仔と呼ばれる、大人の二つ手前の脱皮をした彼らの体毛はビロードもかくや。
安西早百合は彼らを溺愛していた。
「もふもふは正義なんです」
と言い放って、十二年仔をかわるがわる呼び寄せてぬいぐるみのように抱きしめたり撫でまくるのが常であった。
麾下達から『あれはロリコンとよんでよいのでは』と陰口を叩かれる始末。
知能が高く、モールス信号を会得して、軍内での会話が成り立つ。早百合は彼らの打言語を習得して、もっと自由に会話をした。
果物を作らせたら逸品で、植物の栽培に長けた彼ら彼女らは、早百合の農園でも多数働いていた。
この種族が肉を必要とするのは、幼少期のみ。
孵化して一ヶ月目、母蜘蛛を食い尽くすまでである。
そしてアラクネの雄たちは複数で一匹の雌に求愛する。
麻痺毒で動けなくした、生きた肉の塊を貢ぎ物にして。
このときだけ、肉が必要だった。
戦時中もアラクネは活躍する。
敵の、一番体の大きい兵士に襲いかかり、糸でぐるぐる巻いて、連れ去り、軍役終了。
狩りに来ている。実益である。
早百合はそれを許していた。
ただ、運の悪いグループも存在し、
「あなた方、活躍しているのになかなか獲物とれませんねぇ」
ということがある。
麻痺毒を打って糸で巻いている最中、敵の仲間がその獲物を慈悲深く弓や銃でトドメをさして殺してしまうことも多いのだ。
敵にしてみたら、仲間が化け蜘蛛に嬲り殺されるぐらいなら、いっそこの手でひと思いに、と思うのだろう。
そんな邪魔が入って、思うように獲物が手に入らず五年以上実戦軍務を真面目に勤めると、罪人を狩る許可が抽選で下りた。
それが蜘蛛穴刑の制定背景だった。
「ただ死刑にしても、死体は石けんと釘にしかなりませんし。どうせなら、アラクネの未来に貢献して貰いませんと」
早百合も必要以上に意地悪でも残忍でもない。
廃炭坑などを加工した蜘蛛穴に、罪人と同数のアラクネグループを入れている。
振動に敏感なアラクネたちから逃げるにはじっと一カ所でライトをつけずに息を潜めていればいいのだが、暗い洞窟内で時間の経過もわからずに潜んでいられる罪人はほとんどいない。
早ければ半日、長くて三日で、だいたいけりが付いた。
逃げ切った連中は幸運と忍耐力が桁外れだ。
早百合は「なんでその性質、人を殺す前に発揮しませんでしたか……」とあきれ果てる。
無期刑になるまでに三度の死の恐怖を味わい、だいたい十二年近く服役している計算になる。無期になると、模範囚は有限刑になる可能性もあるが、模範囚判定は十年を要する。有限刑は模範囚判定後、再長刑の二十年が科せられ、それ以上は減刑されない。
幸運な死刑囚でも、外に出るのは服役から42年が最速。
アラクネの獲物に適さない、痩せた者や病気の者は何ヶ月か『太らせる』『健康にする』試みがなされ、それでも規定体重や適正な健康状態にならなければ、判決三年以降五年以内に絞首刑となる。死刑囚が老人の場合もこちらに入るが、七十五歳以上と制定しているのであまり多くない。
安西早百合はよくよく奴隷民に、あなた方は虫けら以下なんですよ、と言うが、実際虫けらと呼ばれるアラクネ達への支援は手厚く、人間以上に扱われるので、真相を知る者たちは『そりゃあねえ』と苦笑した。