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9話 幕間―ある家族の末路―



 別れは突然やってくる。


 エルレッドとクレアの婚約関係に終わりが来るように、エスタート国には愛する者と会えなくなってしまった人々がたくさんいる。

 それは病死だったり、事故だったり。ときには、事件に巻き込まれることもあるだろう。


 クレアが告発の準備をしている頃、フォクル公爵の領地――北のフォクル領では一人の子供が泣いていた。


 その男の子が広場で遊んでいたところ、綺麗な茶色のキツネと目が合ってしまう。それが自分と同じ毛色で、男の子は一目で気に入ってしまった。友達になれるかもしれない、と。


 だから、母親が目を離している隙をついて、広場を抜け出してキツネを追いかけた。

 夜だって一人で寝られるようになったし、着ている服もつんつるてん。大きくなったのだから、少しくらいママがいなくても大丈夫!


 木々の間をすり抜け、ふさふさのしっぽを夢中で追う。緑が濃くなったところで、やっと男の子は振り向いた。


「ママ……?」


 辺りを見回すと、そこは日差しの入らない暗い森。男の子は必死に母親を呼んだ。泣きながら無我夢中で走り回り、抱きしめてくれる腕に帰ろうとする。


 すると、可愛らしい小屋が見えてくる。どうやら大人がいる様子だ。男の子はゆっくりと、その小屋に向かう。なるべく足音を立てずに、小枝を踏まないように。


 そこで突然、後ろからトントンと肩を叩かれる。心臓が跳ね上がり、思わず声を出しそうになる。


「どうしたんだい、坊や? 迷子かい?」


 それが父親のように優しい声だったから、男の子はほっと息を吐いて振り向く。そこで意識は途絶えた。




 母親は泣きながら男の子を探した。息が上がっても膝が震えて立たなくなっても、水も飲まずに探し回った。

 一時間ほど経っても見つからなくて、そこでフォクル自警団に助けを求める。彼らはフォクル領の安全を守る、領主直下の組織だ。慈悲深い領主の人柄に従って、彼らは必死に探してくれた。

 

 それでも見つからず、母親も父親も眠れぬ夜を過ごす。

 夜中に何度もかけ直していた小さな毛布は、がらんとしたままベッドに置いてある。

 朝食をたくさん食べる子だったから、『おかわり!』の声を聞かない日は初めてだった。

 あの日に着ていた服はもうサイズが小さくて、新しい服を縫い始めたところだったのに。なぜ、あのとき、目を離してしまったのか。


 二日経った頃だろうか。昼も夜も分からなくなっていた両親の元に、医者がやってきた。 


 不眠でボロボロになっている両親を労わり、悲しみに寄り添ってくれた。眠らねば探す体力も持たないだろうと、健康に良い薬や軽い睡眠薬を処方してくれる。


 不思議なことに、それを飲んでいると不安が和らいだ。今にも息子が帰ってくるような気さえしてくる。両親は不安になるたびに薬を飲んだ。

 

 あぁ、なんて幸せなのだろうか。優しい領主様、正しき自警団の人々、懸命なお医者様。息子を失っても、こんな幸せな気持ちになれるのだ。あの悲しみが嘘のよう。なぜ、あんなに泣いていたのだろうか。


 男の子が失踪した一週間後。両親は、そろって崖から身を投げた。捜索中に起きた事故だと、自警団は結論付けた。


 しかし、その崖は男の子が失踪したところから遠く離れた場所にあった。なぜそんなところを捜索していたのだろうか。きっと、耐えきれずに自死を選んだのだろう。両親を知る人々は、そう噂をした。


 しかし、どうだろうか。自死を目撃した人は、少し震える声で語っていたそうだ。あの夫婦が息子を亡くした? そんな風には見えなかった。本当に楽しそうに、笑い声を響かせながら崖に飛び込んでいったんだ……と。



◇◇◇



「フォクル公爵。今月も黒字達成でございます。北の隣国では寒さで子供がすぐに死んでしまいますから、需要は伸びるばかりです。赤字続きの領地でしたが、本当に良い事業を思いついていただきました」


 フォクル公爵は満足そうに頷く。側近らしき男は拍手を止め、深々と頭を下げる。


「では、エルレッド殿下にお見せできるように、()()()収支報告書を王城に送っておきます」


 売られた子供たちは、北の隣国でどんな生活をしているのだろうか。しかし、その子供たちを探す親も、思い出が詰まった家も、もうフォクル領には存在しない。

 慈悲深い領主であるフォクル公爵は、悲しむ人々を残しておくなんてことはしない。根こそぎ奪ってしまうのだ。



「そういえば……クレア・アーレイの件だけど、そろそろお遊びはおしまいにして、次は馬車を使って確実にひき殺すように」

「かしこまりました。ですが……第三王子との破局の噂を聞きました。公爵八家の集まりで登城なさることですし、実際にお確かめになりますか?」

「破局……? あの二人が?」


 フォクル公爵は楽しそうに笑みをこぼした。





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